魔法使いの行方 SCENE 004 to 005 サンプル
世の中景気が悪いのか単に暇人が多いだけなのか、仕事を探しに訪れる組合の窓口にはいつも人がごった返していた。マリエダを訪れて早一ヶ月、組合に加盟した連中の中に顔見知りも増え、仕事はぼちぼち順調だ。
冬の到来を前に、街中が冬越しの準備に入っていた。
ユナの故郷、オースデンに近いこの街でそうそう長い期間を過ごすつもりはないが、この冬を越す間くらいは住み着いていても大丈夫だろう。幸い、オースデンの革命について血なまぐさい情報は、これまでのところは聞いていない。
「やっ、アリエル。今日は魔法使いちゃんは一緒じゃないの?」
組合に足を踏み入れると、あたしの顔を見るが早いか、小柄な少年が気安く声をかけてきた。
「一緒じゃないのって、あんな騒々しいのを組合になんて連れてくるわけがないでしょ。ほらあんたも、仕事の邪魔するんだったら行った行った」
名をロックというその少年は、組合にしょっちゅう顔を出してはいるようだが、仕事を探しに来ているというよりは単に暇つぶしに来ているといった感じだ。
組合側の対応も慣れたもので、契約の絡む真面目な話を邪魔するようなことでもない限り、こいつのような暇人を追い払おうとはしなかった。むしろ好んで相手をしているようなところがあり、こいつのような人間は、いい情報源になってもいるのだろう。
「あーあ、冷てぇの。おれさー、リストには載ってない特殊対応なネタをひとつ持ってんだけどなー。あんたたちにはうってつけの仕事だと思うんだけどなー」
そっけないあたしの応対にもめげず、頭の後ろで指を組むと、ロックはわざとらしくあたしから視線をそらして独白するように言った。
なんだ。小遣い稼ぎか。
あたしはさっと手を伸ばすと、ロックの後ろ襟をつかむ。
「わっ、おい、ちょっと! 何すんだよっ」
本当はそのまま引きずって窓口に連れて行こうと思ったんだが、さすがにロックは重かった。バランスを崩しはしたもののロックはすぐに姿勢を立て直し、あたしの意図は分かったと言わんばかりに自ら窓口に向かって歩き出す。
言いつけてやろうと思ったのに、なんだ、つまんないの。
空いていた窓口の前に立ち、後方を振り返ってあたしを手招きすると、ロックは隣にあった椅子を引っ張ってきてそこに座った。あたしが座る席をちゃんと正面に残しておくあたり、まぁ、気は利くタチなんだろう。
「こんにちは、アリエルさん。それにロック? 君は誰とでも親しくなるね」
「そりゃそうさー、なんたって顔がいいからな」
とりあえず、あたしはカウンターの下でロックの足を蹴飛ばしておいた。
…以上、冒頭より
「あー。ちょい、失礼」
腕を軽く上げて場を開けるよううながすと、バーレーンはその場から一歩後ろに下がる。
扉の前に片膝をつくと、あたしは目を細めて鍵穴をのぞき込んだ。んー、鍵がかかっているというわけではなさそうだ。
「悪いね、ミシェル? 勝手に入るよ……」
言って、ノブを回しかけた時だった。かすれるような金属音を立てて自らノブが回り、続いて、扉が開く。
つられて部屋に入ろうともせずあたしたちがその場で固まっていたのは、扉の向こうに動く人間の気配が感じられたからでもなく、また、それらしい姿も見られなかったためだった。
あたしがぎこちない動きで斜め後ろにいるユナを振り返ると、ユナは「うーん」と小さく声を漏らし、首をかしげている。
「あのね、入りたきゃ入っていいって。どっちの意思かは分かんないけど」
「どっちか分かんないって……」
「んー。石かなー、ミシェルかなー」
あたしの質問にユナはのんきに応じ、ひとつ大きなあくびをした。その後、なんの予告もなしに歩を進めると、あたしの脇をすり抜けてさっさと部屋に入ってしまう。
「ちょっ、ちょい待ちユナ。あたしも」
反射的に歩を踏み出し、あたしも続けて部屋に入った。あたしたちにつられたように、バーレーンもその後についてくる。
カーテンを閉め切った部屋の中は薄暗く、奥のベッドの上に人がいることを判別するのがやっとだった。その正体は多分ミシェルなんだろうが、さて、なんて声をかけたものか。
と、どこからかパチ、という小さな音が聞こえ、部屋に灯りがついた。光源に誘われて見上げれば、部屋の中央、やや高い位置の照明に火がついている。
この種の照明は多分、かたわらにある紐を使って下ろし、火を点す種類のものだと思うが……ちょっと待て、なんであっさり勝手に火がついてんだ。
「遠い声が聞こえる……風。摩擦する……力、あるいは地……地は血、血は水……」
不意に聞こえたつぶやきは、どうやらユナが漏らしたもののようだった。
ユナの視線の先をたどるように見やれば、ベッドの上にいた人影は、いつの間にか身を起こしていた。あたしたち三人に視線を向けたその人物の表情は、見るからに機嫌が悪そうだ。
そこにあったのは、シエラの三つ編みおさげをぶったぎり、眼鏡を外させただけに見える少女の姿だった。その表情は憔悴してはいるものの、あの天然ボケ子ちゃんにはない、周囲に対する鋭い警戒心が目に光を与えているように見える。
「あ、その顔はあたしたちの正体はとっくに分かってるよって顔ね? じゃあ、ユナ──」
何か彼女を楽にするための方法を、とあたしが振り返りながら言い終えるより先に、ユナは魔法の詠唱にかかっていたようだった。
「天駆ける筋、温度なきもの。育むもの、豊饒の懐。御力身を離れれば、光の腕は見失うもの。内へ」
つぶやきの延長のように、ユナの口から呪文が放たれる。それに従い、照明からこぼれ落ちでもしたのか、光の粒子を集めたような靄が姿を見せ、ベッドの上の少女に向かって拡散した。
…以上、P31〜33より
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