魔法使いの行方 SCENE 002 to 003 サンプル
見渡す限り黄金色の波が、窓の外には広がっている。
馬車の窓から顔をのぞかせ、ユナは歓声を上げていた。
「うわーっ、すごい。こんな風景、初めて!」
まぁ、無理もないとは思う。人の身には強大な魔力を持って生まれたがために、城の奥深くに幽閉されるようにして育った身の上だ。
無理もないとは思うが……もうちょっと静かにしてろ。眠い。
「きゃーっ、見て見てアリエル! なんか立ってる! 立ってる、ねえ!」
ユナが身を乗り出しかけているのとは反対側にもたれ、あたしはもう長いことうつらうつらとしていた。眠いんだってば。
むしろ努めて無視を決め込んでるっつーのに、どうやらユナはそれに気がついていない。
「あんなふうにずっと立ってて、疲れないのかしら? あの人たち、何やってるの?」
肩にかかったマントをぐいぐいと引っ張られ、あたしはやむなく目を開けた。
「……誰が立ってるって?」
「あそこ。あーん、通り過ぎちゃう」
ユナの後ろから外を見やり、通り過ぎちゃうということばを聞いて後方が見えるようにいくらか身を乗り出してみる。
「……案山子?」
ユナが指す「立ってる人」の正体に気がついて、あたしは眠気の急襲を感じた。アホか……。
「あの人たち」の腕にはカラスだかなんだか分からないが中型の鳥が止まり、「あの人たち」がちっとも威嚇の役目なんざ果たしてないことはすぐに知れた。説明するのも面倒に感じて、あたしは再び馬車のいすに背中を預ける。
「かかし? かかしってなんなの、アリエル? あの人たちの仕事?」
もうやだ。寝てやる。
馬車に乗り合わせていた爺さんがホッホ、と鳥のような笑い声を上げたのは、ユナがあたしのマントをぐいっと思いっきり引っ張った時のことだった。
「おまえさんたち、この地方は初めてかね。特にそちらの」
腕は細いくせに妙に強い力に引っ張られ、あたしは危うく座席に倒れるところだ。爺さんはそんなあたしたちの様子を見て、肩を震わせるようにして笑っている。
「はいっ。馬車に乗るのも初めてなんです。って言うか、城壁の外に出たのも」
「悪いね爺さん、うるさくしてさ」
ユナが余計なことを言うのを遮って、あたしは身を起こし、苦笑いを浮かべてみせた。
「世間知らずの箱入り娘でね。親御さんに頼まれて、世間勉強の旅に引っ張り出したところさ」
口からでまかせで、適当に言いつくろっておく。
ユナの出身地を明らかにするには、ここはオースデンに近すぎる。オースデンの革命の話は当然聞こえているはずで、中には前領主アシュレイ卿が隠し続けた娘の存在を知っている者もあるかもしれない。
その娘こそがユナであり、皆殺しにされたはずの領主一家の唯一の生き残りであることは、身の安全を考えるなら決して口にできることではなかった。
「そうか、親御さんも大変な決断をなさったものだな。いかに平和な一帯とは言え、娘さんがふたりで旅をするには危険もあるだろうに」
「あっ、それは大丈夫。アリエルはこの間までずっとひとりで」
ぱっと顔を輝かせ、ユナはいらんことを言う。
横目でにらんでやったが、ユナはたいして気にしているといったふうではなかった。あたしににらまれたから黙ったのではなくて、爺さんがホウホウ、と言ってうなずいたから黙ったのだろう、多分。
「娘さんがおひとりで旅をしてらっしゃったか。いや、人は見かけによらんと言うしな。お若いようだが、旅慣れていらっしゃるんだろう」
「おかげさんでね」
下手に取り繕うようなことはすまい、と決めて、あたしは短く応えておいた。
「ところで、そちらの娘さん」
爺さんの顔立ちは彫りが深く、眼窩はひどくくぼんで見える。
ユナの方を向いた爺さんの横顔を見、何故だかあたしは頭蓋骨を連想していた。骨と皮ばっかりでやせ細っているからそう見えるのだろうか。
「案山子というのは、畑に立って鳥を驚かすのが仕事でね。たいていの鳥は、人のおるところへは降りてこんのだよ」
あたしが面倒になって説明しなかったことを、爺さんはわざわざ解説してくれた。ふぅぅん、と感心したようにユナはうなずき、それから小首を傾げて口を開く。
「でも、お爺ちゃん。さっきのかかしさんたち、両腕にいっぱい鳥さんを止めてたわ」
「ホホ」
爺さんは笑って、いすに立てかけてあった杖を手にとった。広げた足の間に杖をつき、それで支えるようにして体をいくらか前方に傾ける。
「それは、あの人形たちには念が入ってないからさ。役割を負わされただけで、それをこなすだけの力がない」
馬車の壁にもたれ、睡魔に誘われてあたしは瞼を閉じた。もっとも、寝入ってしまうわけにはいかない。ユナが何をしゃべるか知れたもんじゃないから。
「……ホホ。人形には念がないが、逆を言えば念さえこもれば人形は人足りうるということ。娘さん、人のふりをした人形にはお気をつけ」
哲学なんだかなんなんだか、爺さんの口調には奇妙な説得力がある。
あたしはちらりと目を開き、ユナに向いた爺さんの顔を見た。骨張った顔はどうしても、頭蓋骨に皮を張りつけただけの物体に見えてしかたがなかった。
…以上、冒頭より
窓口で地図を提供してもらい、あたしはさっそくトレイト・マシュー氏の家を訪れることにした。もちろん、単身だ。様子うかがいである。
大通りからいくらか中に入ったところにある家は、たいそう立派な邸宅だった。呼び鈴を鳴らして出てきた男に用向きを伝え、家の中へと案内してもらう。
古い家を建て増ししたものなのだろう、依頼主はずいぶんと奥まったところにいるようだった。明かりとりの窓すらない通路を抜け、いくらか広い部屋に出たところでしばらく待たされる。
部屋の天井は高く、これで明かりさえ入っていれば客をもてなすには十分と思える広さだった。位置的には路地からはかなり奥に入っているはずだから、今まで通り過ぎてきた部屋部屋は庭なんかをつぶして増築したものなのかもしれない。
部屋の壁際には、等身大の人形がいくつか飾られていた。案内人からもらった松明を頼りに見て回ったが、どれも個性的な風貌を持った人形だ。不思議なのは、それらの人形がすべて瞼を閉じているということだ。もう少し明るくないことには確信が持てないが、おそらくは同一の職人による作品だろうから、その職人の特徴なのかもしれない。
「お待たせいたしました、アリエル様。こちらへどうぞ」
呼ばれたあたしは声を向き直り、部屋から伸びる通路を目指す。
体の向きを変えた時、ひどく軽やかなものに腕が触れた気がした。振り返って見れば、どうやら腕が人形の長い髪をかすったようだ。
さらさらの髪が、音もなく定位置へと戻るのが見えた。松明の頼りない光では、その髪が何色なのかまでは見てとることができなかった。
…以上、P17〜18より
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