魔法使いの行方 SCENE 000 to 001 サンプル

 ──一時の騒動から解放された、とある部屋の中。
 空気は殺伐としていたものの、部屋の中はしんと凍りつき、時が止まったようにさえ感じられた。
 と、部屋の中央で憎々しげにうめきながら体をよじる少女の姿がある。小柄な少女は己の倍ほども幅のある男に両腕をとられ、床の上に押さえつけられていた。
「この裏切り者、ツヴィングリ……!」
 うつ伏せに押さえつけられた姿勢で少女は歯ぎしりし、喉の奥からしぼり出すような声を上げる。
「他の誰がおまえを擁護しようと、わたしだけはおまえを許さないっ……」
 部屋の中には五、六人の男がいるようで、そのうちの誰がツヴィングリという名を持っているのかは定かではなかった。
「おや、裏切り者とは異なことを。それを言うなら、あなたご自身はどうなるとおっしゃるのか?」
 こつ、と冷たい音を立てて石の床を蹴り、ひとりの男が含み笑いを漏らす。
 部屋にいる男たちのほとんどが体躯のよい青年であるのに比べ、その男だけは細身で、棺桶に片足を突っ込んでいてもおかしくない年頃に見えた。
「あなたさえその気になれば、そもそも領家を守ることなどたやすかったはず。我らの動きを感知していながら手をこまねいていたくせに、それを棚に上げて我々を裏切りの従とは」
「お黙りなさい! あの方にはあの方なりの正義があればこそ……!」
 余裕しゃくしゃくといった体の男に対し、少女は勢いよく言い返す。
「あの方なりの正義、ね。ほほう……」
 厭味ったらしい口調で反芻すると、男はくるりと体の向きを変え、少女に背を向けた。
 その途端、反抗の意志もあらわに腕にこめられていた少女の力が抜かれたのか、少女を押さえつけていた男の体ががくんと下がる。男の体の下で少女はさっと体の向きを変えると、男の胸もとに向かって両手を突き出した。
「あまたの光よ!」
 少女が叫ぶと同時に男の胸もとで光が弾け、少女の三、四倍は体重のありそうな男の体はいとも簡単に吹き飛ぶ。
「貴様っ」
 背後から差した光で少女の反撃に気づいたのだろう、細身の男があわてて振り返り、残る男たちもさっと身構えたようだった。
 だが、時すでに遅し。少女は部屋の中央に立ち上がり、空に両手を滑らせている。
「あまたの光、万物を照らす慈悲の炎よ。我が身を離れ、一時の闇へ!」
 少女が早口に呪を放つと、部屋には光があふれ、すべての視界を奪ったかに見えた。
 光は音を伴わず、ただ、部屋に満ちている。場を焼き尽くそうとする破壊的なものではなく、ただその場を包み込んでいる。
 その場面がその後どうなったのか、男たちが、少女がどうなったのかを見届けることはできぬまま、あたしは一夜の夢から覚めた。

…以上、冒頭より

 さすがにこんな朝っぱらから飲んだくれてる奴はいないか。昨夜の残り客がいるかと思ったが、追い出したのかどうなのか、とにかく酒場は静かだった。
「お待ち。依頼人はあんた? かわいいお嬢さん」
 当然ながら、依頼人はすぐに見つかった。
ほんの一瞬だけ入り口を開けてもらって酒場に入ると、彼女は入り口に背を向けて座っていた。蜂蜜色の髪は肩を過ぎ、背の中ほどまでもあるだろうか。
「あなたがアリエルさん?」
 顔同様、かわいらしい声で依頼人は問い返してきた。
「旦那さんに聞いたら、まだこの街にみえたばかりとか。そういう方を探していたんです」
「あーそう。で、何、護衛? どこに行くのさ」
 あたしはさっさと本題に突っ込み、それから依頼人の向かいに腰を下ろした。
気の利いたもので、頼みもしないのに親父が飲み物を持ってきてくれた。
「ありがと。おしゃれだねー、ちなみにタダ?」
 氷とレモンを浮かせた水を口に含みつつ、あたしは尋ねる。
「特別料金」
「うっそ。ただのレモン水じゃん」
 親父はそれ以上はなんとも応えず、がははと笑いながら奥へ引っ込んでいった。
 話を促すつもりで、あたしは目の前の依頼人をちらりと見やる。依頼人は膝の上に拳を固め、どうやら緊張しているようだった。
「あのっ、どこに行くって言うか、旅に出るわけじゃないんです。その、ちょっととり返したいものがあって──」
「とり返しに行くの? ふーん。で、どこへ?」
 尋ねると、依頼人は言いよどむようにわずかにうつむいた。
「つか、その前に名前。それと用件は手短に」
 椅子に背を預け、あたしは警戒心もあらわに腕を組む。しばらくこの街にとどまる予定であることを親父には言ってあったから、旅をする人間の護衛を依頼されるはずがないことは分かっていた。
「あ、はい。ユナと申します。えーとですね、実は、あるものをどうしてもとり返さなくちゃいけないので、ある場所まで護衛お願いします」
「手短すぎ」
「はあ」
 つか、全然分からんし。
 ユナと名乗った少女はうつむき、説明をためらうように唇を尖らせていた。

…以上、P8〜9より

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