小箱のユーリ

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 意識的にそうしているわけではないのだから自分に文句をつけても始まらないが、時々、無意識というやつは思いもかけぬ情景を目の前に運んでくる。何を考えるともなくぼんやりとしている時など、あらぬ方向から石が飛んできて頭蓋に当たったような感触を覚えることもある。
 その無意識というやつを擬人化したなら、さぞ人の悪い人物が出来上がることだろうと思う。思ってもみなかった自分の一面を突きつけてきたり、思い出したくもないことを思い出させたり。
 ──子どもが産まれたの。男の子よ。遺伝性の疾患はないわ。
 いったい何がきっかけだったのか、先ほどから女の声が頭の中を巡っていた。
 ──パパの名前をもらって、ユーリと名づけたの。いいでしょ。あなたが今いる場所──旧ロシア系の名前よ。
 声は細く、どちらかと言えば頼りない。だがそんなものは外側の印象だけで、その声が持つ強さならば嫌というほど感じていた。
 そうでなければ、二年も前に言われたことをこれほど正確に覚えていられるものか。
 ……いや、正確に覚えていると思っているのは自分だけで、多分、せりふの細部は違っているのだろうな。子どもが産まれたの。男の子よ。遺伝性の疾患は……。
「おーっす、ウォルター。久しぶりー」
 頭の中を巡る声を止めたのは、背後からかけられた、いかにも呑気そうな男の声だった。
 声を聞いただけでその正体は知れたが、すねられても面倒なので、椅子ごと素直に振り返ってやることにする。声の主は、愛想のいい笑みを浮かべ、こちらへ歩み寄ってくるところだった。
「うす。よかったね、君まだ左遷されてなくて。候補ナンバーワンのニクス・アンダーソン君」
「誰が左遷候補だよっ」
 たいしておもしろくもなさそうに放たれたウォルターのせりふに、ニクスと呼ばれた青年はぷりぷりと膨れ面を作る。
「ったくもー、ほんとに口が悪いんだから。中央の美人に振られるはずだよ」
 職種は違えど、同じ学び舎にいたことがあるせいか、はたまた年齢が近いせいか、ニクスの反応は実に素直で、分かりやすかった。
「うるせーな。アマンダはおれが振ったの。いんだよ、どーせ遠恋なんておれには向かねぇ」
「えー、もったいないじゃん。彼女、同期の中じゃ恋人にしたい候補十傑に入ってたのに」
「それがなんだってんだよ。あー、もてないニクス君には悪いけど、おれだって入ってたぜ? 将来有望な二十一歳未満の監視者候補生十傑」
 平然と切り返したウォルターに返すことばが見つからなかったのか、ニクスは下唇を突き出してそっぽを向いてしまう。ニクスがウォルターのせりふを嫌味ととらえて騒がないのは友人であるが故か、それともニクス自身の性格故か。
 なんか、こいつとは顔を合わせるたびに同じことばかりを話しているような気がするな。ふと、ウォルターは考えた。職種を越えた友人とは言え、たいして古いつきあいがあるわけでもないのに。
「……それより、おれ暇だったからさ、さっきからセンター内の情報路巡りしてんだけど。なんか、やたらとガードかかってるし、妙に更新の遅れてるとこがあるな。外も騒がしいみたいだけど、ニューイヤーパーティー? の準備?」
「……なわけないじゃん……。っていうか、そんなんあるんだったら僕だって参加してるよ」
「分かっててわざと言ってんだから、わざわざ否定すんなよおまえは。ジョークぐらい見抜けー」
 揶揄のせりふを放つのとほとんど同時に、そばに立つニクスの腕を軽く叩く。ニクスはまたも膨れ面を作って、叩かれた腕をさも痛そうにかばうようなしぐさを見せた。
「はいはい……。慰謝料請求したかったら、ちゃんとハンナ女史の診断書つけてね。そんなん請求しに行ったら、今の百倍くらいの勢いで呆れられんの保証するけど」
「……やだよ。彼女、怖いもん」
「じゃ、せいぜい泣き寝入りしとけー。……じゃなくてさっきの話だけどさ、で、なんかあったの?」
 今度はストレートに尋ねると、ニクスは腕を下ろして「うーん」と首をひねった。
「それが、僕、よく知らないんだ。なんか、事故? があったらしいんだけど」
「事故? って、何? 訓練のヘマ程度でこんなに騒がしくなるなんて、今までにはなかったことだよな」
「騒がしいって……なんで、そんなふうに思うのさ。おまえ、覚醒からこっち、ほとんど部屋から出てないじゃん」
 いつになく、ニクスは返答を渋っているようだった。これで二度目──いや、三度目か。答えが出し惜しまれていることに気づかないほどにおれが鈍い人間だったなら、今のような職種に就いているはずがないことくらい、考えてみればすぐに分かるだろうに。
「部屋ん中に閉じこもってたって、情報網には接触できるだろ。第一おれ、今回なんて報告締め切り堂々と破ったのに、誰も文句言ってきてねぇんだぜ。なんかあったのかって思って当然だろ」
 急がば回れ、か。胸の中につぶやいて、ウォルターは現況から気がそれたふうを装うことにした。
「そうなの? だったら、グリフィス教官から後でお叱りがくるんじゃない? 今はあの人も忙しいみたいだけど」
 教官──ボウ・グリフィスが忙しい、だって? いつでも暇そうにセンター内をぶらぶらしているあの親父が?
 何気ないニクスのせりふをウォルターは聞き漏らさなかったが、すぐにそのせりふに飛びつくのは自重した。まだだ。もう少し。
「マジかよー。っつーか今回はさー、覚醒訓練自体が目的なんだから報告書はトレーニングだと思って書きゃいい、って最初っから言われてたんだぜ。だからって、ついゆっくりしすぎたのは確かにマズかったけどさー」
「あれ、でもウォルターの報告なら、もう公開されてるはずだよ。僕、一覧で見た覚えあるもん」
「あー、それはおれも見たから知ってるけど。トレーニングとか言っときながら結局公開するってのもさぁ、考えようによっちゃアレじゃね? ズルくねぇ?」
 ウォルターの問いに、ニクスは考え込むような表情を作った。
「ずるいって言うか……それってつまり、あれじゃないの。報告の出来が、それだけよかったってこと」
「……出来がよかったって……ニクス君、君、ほんとにお気楽ね。いや……別にいいけどさぁ」
 あきれたようすを隠しもしないウォルターのせりふに、ニクスは子どものようにふてくされた顔をした。……さて、ニクス君。そろそろ口を滑らせてはくれまいか。
「お気楽お気楽って……べーっつに、そりゃ僕はおまえらみたいに仕事に心身捧げてるわけじゃないからさぁ! でも、僕は僕なりにおまえのことも心配してたんだからね。だって、あのユウリさんでも今回はヤバかったんじゃないかって話だったからさ!」
 ──ユウリ?
 ニクスのせりふの中に出た人名に、ウォルターはぴくりと反応した。
 せりふを放った当人は、おもしろくもなさそうに唇を尖らせたまま、足先で床を突いている。
 ユウリ・B・フォルズ。ウォルターより二歳年下、齢十七の年若き解析者。同じ職を持つ者の平均年齢が三十代半ばである中、ただひとり、平均の半分ほどの年齢の──いや、世界最年少の天才少女。この道を志す者ならば誰もがその名を知っている彼女の身に、いったい何があったと言うのか。
 ウォルターがすぐに返事をしなかったせいだろう、ややあって表情を改めると、ニクスはウォルターの表情をうかがうような視線をよこした。友人の視線の動きをすぐに察知し、瞬いて視線を落とすことでウォルターは動揺を押し隠す。
「ユウリって、……あのユウリだよな。今回はヤバかったんじゃないかってことは、とりあえず無事ではあるってことか?」
 慎重に持ち上げられたウォルターの視線の先で、ニクスは実に気まずそうな顔をしていた。おおかた、無責任な風評を避けるために、余計なことはいっさいしゃべるなと言われているのだろう。
「……いや、無事っていうか、その、覚醒したらしいって話を僕は聞いただけで、詳細を知らされてるとかじゃなくて。なんかあの……襲われたとかなんとか……」
「……は?」
 口もとに手を持っていき、ぼそぼそと言いづらそうに話したニクスのせりふを、ウォルターは思わず聞き返した。そうしてしまった後で、なんて間抜けな、と思ったが、そんな思いは口にも表情にも出さない。
「いや、その、だから、これは噂だから。それで、なんかあの、予備人員フル稼働で、グリフィス教官も走り回ってたみたいだし」
「噂って……。つーかおまえ、詳細知らされてないとか言うわりには詳しいじゃん。……ってことは、今ガードがかかってんのはユウリ関係の情報?」
「えっと、いや、そこまでは僕はちょっと……」
 ウォルターの追及にニクスは口ごもり、そのまま口をつぐんでしまった。
 その内容故にしゃべりたくないと思っているだけなのか、それとも本当に詳細を知らないのか。考えていることはわりと顔に出るたちのはずだから、おそらく、ニクスの場合は本当に詳細を知らされていないのだろう。実際、彼の立場──配属されたばかりの雑用係に過ぎない軍曹殿では、噂以上の情報を手に入れることはそう簡単ではないはずだ。
「ああ……いいよいいよ、後は自分で調べてみるから。おれのパスでどこまで見れるかなー……」
 独白するようにつぶやきながら、ウォルターは脇に寄せておいた携帯用の端末をそばに引き寄せた。待機状態からの活動を再開した端末の画面にちらりと視線をやった後で、いや、調べにかかるのはニクスが部屋を出た後にしよう、と思い直す。
「……やめとこ。おれだって明日には夢ん中にとんぼ返りする予定なんだった」
 引き寄せたばかりの端末を脇に押しやると、ウォルターは机に頬杖をついた。
 後方では、ニクスが所在なさげに突っ立っている。
 邪魔にならないよう、おれが報告を完成させるのを待ってわざわざ顔見せに来てくれたんだろうに、あまり邪険に追い払うのもな。胸の奥につぶやいて、ウォルターは再び、椅子ごとくるりとニクスを向き直った。
「……あれ? おまえ、ウエストポーチ開いてんじゃん。何持ってんの」
 向き直った時にふと気がついて、いい話題転換のチャンスだとばかりにウォルターはニクスの腰のあたりを指で示す。
「あ、ごめん、そうだった。頼まれてたのに、渡すの忘れるとこだった」
 指摘されるまですっかり忘れていたようで、ニクスは腰のポーチを見下ろすと、そのチャックが閉まらない原因となっていた小さな紙袋を中から取り出した。
「はい。おまえあてに、届けもの」
「サンキュ。……なんだこれ」
 差し出された厚手の紙袋を受け取り、ウォルターは中身をいぶかるような顔をして袋を外から指で押さえてみる。硬い。
 接着されたシールをはがし、中をのぞくと、そこには薄青の包装紙で包まれた小箱とカードが入っていた。
「……あー、なんだ。ステラか……」
「ステラ? 誰それ」
 取り出したカードにあるサインをちらりと見やり、ウォルターはカードを机上に放り出す。
「姉貴」
 面倒くさそうにウォルターはニクスの問いに答え、カードに続けて取り出した小箱の包装を破きにかかった。十字に巻かれたリボンが邪魔になり、思うように破れない。
「そういや、忘れてた。おれ、こないだ誕生日だったわ」
「あっ、じゃあ誕生日プレゼントじゃん。いいなー」
 ウォルターが机上に放り出したカードを見ようと机のそばまで寄り、ニクスは興味津々といったふうにウォルターの手もとをうかがっていた。
 形が崩れないように接着されていたのか、結局ほどけなかったリボンを無理やり剥ぎとって放り、包装紙の中から現れた四角いキューブの穴をウォルターはのぞきこむ。立方体の中に閉じ込められた球体には、一年ぶりに見る姉夫婦と小さな子どもの姿があった。
 大地が緑色に見えるのは、人工の芝生の上にいるからだろう。座った姉とその夫に向かい、不安定な足どりで子どもが歩み寄る姿が映っている。再生時間はわずか八秒。ユーリ。じきに二歳になるはずの、まだ一度もその肌に触れたことのない小さな甥。
「……見る?」
 ややあって、横から注がれるニクスの視線に根負けしたようにウォルターは言った。
「見る見る!」
 勢いよく応じて、ニクスは差し出されたキューブをぱっと手にとる。小さな穴を目に近づけ、焦点が合ったところでニクスは小さく歓声を上げた。穴に焦点を合わせたまま、何度かキューブを遠ざけたり近づけたりして、像が結ばれるたびに感動の声を漏らす。
「へーえ、ちょっとウォルター、姉さんすげー美人じゃん。うわー、小さい! かわいい! あ、転びそう」
 映像が繰り返されるたびに、ニクスは同じところで子どもが小さいと騒いだ。子どもが産まれたの。男の子よ。遺伝性の疾患はないわ。──そうだ、何故今日に限って、ステラのせりふを思い出したのか。
 きっと、小箱がそろそろ届けられるだろう、という予感があったのだ。十二月二十五日、今から二千三百年ほど前、神の子が生まれたと言われているその日に合わせ、決まって姉はキューブを送ってくる。中央都市にいた頃にはその寮へ、ここハバロフに配属されてからはハバロフへ。中央都市の中で寮を移転した際にもハバロフへ配属された際にもウォルターは新しい送り先を姉には伝えなかったのに、転送されたような形跡もなく、小箱は必ず手もとに届く。
 ……そっか、おれ、十九になったんだな。
 胸のうちにつぶやきながら、ウォルターはくしゃくしゃのまま放り出した薄青色の包装紙を眺めやった。
「あれ? ウォルター、これ、ディスクも入ってるよ。手紙じゃない?」
 小箱を瞼から遠ざけた時に気がついたのだろう、丸穴の脇に挿入されたディスクを示しながら、ニクスはキューブをウォルターに返す。
「……あー……。まぁ、後で見るよ」
 ウォルターの反応はそっけない。自分の所持物にケチをつけられたわけでもあるまいに、うれしそうな顔ひとつしないウォルターの態度に、ニクスは途端にふてくされたような顔をした。
「つーか、なんでおまえがそんな顔すんだよ。いい年して誕生日プレゼントって、んな喜んで受けとれるようなもんかよ」
「えー、だって……。ずっとさ、会ってないんだろ? ウォルター、全然帰省してないって言ってたじゃん」
「べっつに。帰っても疲れるだけだし。遠いし」
 心底面倒くさそうに、ウォルターはがりがりと頭をかく。
 ──パパの名前をもらって、ユーリと名づけたの。いいでしょ。あなたが今いる場所──旧ロシア系の名前よ。
 脳裏の奥から、声が競り上がってくる。
「なぁ、それより話変えるけどさ。ユーリってのはさ、男性名だよなぁ。ジュリアス、それともユーリウス?」
 どう反応していいのか分からなかったのだろう、沈黙していたニクスに対して、ウォルターは何ということもなく口を開いた。
「……何それ。僕、よく知らないよ。ユウリって……女の子じゃん」
「いや、そっちのユー……あー、まぁいいや」
 口から出かけた説明を呑み込み、ウォルターは腕を組んで首をひねる。組んだばかりの腕をすぐにほどくと、ウォルターは机の上に指先を置いた。
「ジュリアスっていうのが英語名で、ユーリウスは……ドイツ語名かな」
 J、u、l、i、u、s。かつてこの地にあった国、ロシア風の発音にして、Y、u、l、i──ユーリ。
「いや……なんとなくさ、女だったらユウリじゃなくてユーリヤの方がそれらしいんじゃないかな、ってふと思ってさ」
「……そうなの? ふーん……」
 普段なら感心したような声を上げていただろうに、ニクスの反応には戸惑いの色ばかりが強い。
 誕生日プレゼント……か。
 決して口に出すつもりのないせりふを、ウォルターは胸の中に落とし込んだ。
 そりゃ、普通は喜ぶもんなんだろうよ。たとえ嘘でも、喜んだようなツラをしておくべきだったのかもしれないけどな。
「ユウりもさ……大変だよな。頼れる相手も、いるんだかいないんだか……。幼なじみったってリイさんは今じゃ完全にライバルだしさ、元養父ったって、少佐は政府側の人間じゃん」
「……政府側って。僕もそうだよ──っていうか、ウォルターだってそうじゃないか。なんだよ、その、おまえらと僕たちは所属が違うような言い方……」
「違うだろ、実際。だーって、おれなんか左遷寸前のニクス君に顎先で使われちゃってるしー?」
「だっ……だから、誰が左遷候補だよっ。しかも顎先でって、僕がいつ……!」
 いささか暗い雰囲気に飽きてからかうと、ニクスは勢いよく反応を返してきた。ああ──そうだな。こいつとの間では、いつだってこんな程度の会話が心地いい。
 どこまでが本気なのか読みとりがたいが、色めきだって見えるニクスの言動に、ウォルターは奇妙な安堵を覚えて笑んだ。声に出しては何も反応しないウォルターの表情を見てどう思ったものか、ニクスは軽く唇を尖らせ、すねた子どものように明後日の方向に視線を向ける。
「……あのさ。遠いとか疲れるとか言わないでさ、たまには帰って顔見せてやんなよ。姉さん、きっと喜ぶと思うよ」
 つぶやくように言うかたわら、ニクスの視線があらぬ方向を向いたのは、すねているのではなくて照れ隠しなのだろうか。ぼそぼそとしゃべるニクスの顔を一瞥して、ウォルターは唇の端に笑みを浮かべた。
「それか、せめて返事だけでもしてやったら。……発送する時間がないなら、僕、やっておくし」
「あー、ほら、また命令されちゃった。おれってば、やっぱり顎先ー」
「なっ……もーっ、ウォルターむかつく! 人がせっかく言ってやってんのにっ」
 揶揄の声に、ニクスはまたも分かりやすい反応をする。両手で軽く机上を叩いたニクスに対して、ウォルターは声を立てて笑った。
「あー、はいはい。休みに入って、気が向いたらな。なんにしてもおれ、明日には再入眠だから。そんなすぐには無理」
 返事は、こんな程度でいいか。
 ウォルターの声に、ニクスはふてくされたような顔を改めた。机の上に放り出されていたリボンを手にとり、ことばを迷うようにもごもごと口先を動かす。
「……あー……ウォルター、今度はいつ覚醒すんの? 明日からって言うと、えーと、二月の終わりくらい……?」
 そんなことを聞くだけに気を遣うなんて、まったくもっておまえらしくないよ、ニクス。つぶやきは、胸の中だけにとどめておいた。
「予定は三月だよ。何日だったかな……五日頃だったはず」
「あ、そうなんだ。なんか、いつもより長くない?」
「別に。どのみち、予定だし。ヤバイと思えば技師がどうにかすんだろ」
 心配するようなニクスの声を、あっさりとウォルターは一蹴した。
「まぁ、それはそうかもしれないけど……。なんにしても、気をつけてね。なんかさ、僕、事故だなんて聞くだけでドキッとしちゃってさ……」
「ああ……。ま、参考までに、ユウリ関連の情報は拾えるだけ拾ってみるよ。ありがとな──このキューブも」
 机の立方体を指先で突き、はっきりとした笑みをウォルターは頬に乗せる。
 なんとなく、退出時だと思ったのだろう。曖昧にうなずくと、ニクスは机からそっと離れた。
「じゃ、また今度ね。あ、そうだ。僕、返信用の空のディスク用意しておくからね!」
 去り際までそんなことを言うニクスに、ウォルターは短く間を置いた後で笑い出す。
 意地を張ってでもいるかのようにプイッと顔を背けると、ニクスは足早に歩いて部屋を出て行った。その後ろ姿に向かい、ウォルターは持ち上げた片手をひらひらと振ってみせる。
「あー、おやすみ、ニクス君。そうだな、せっかくだけどディスクの用意はいらないよ……」
 ニクスの姿が部屋の外へと消え、通路と部屋を仕切る扉が閉まった頃になって、ウォルターはつぶやくように言った。声が届いていないことなど、百も承知だ。
 ……さあ、ユウリの夢について調べてみるか。四角いキューブを脇へ押しやり、代わりに端末を引き寄せる。
 おれのパスで、いったいどこまで見れるかな……。
 先ほどニクスに対してもつぶやいたのと同じことを、もう一度、ウォルターは声には出さずにつぶやいた。

Copyright(C)2006 こんぐ

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