かさねる、かさなり

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 夢の世界への同調を図る時、同調する側に求められるのはこれから開けるであろう夢の世界に対するより柔軟な姿勢ひとつだ。薬剤を使用することによって睡眠の深度や脳波は調整され、主観的にはごく一瞬の後、この目前には夢の世界が開けるはず。
 ゆっくりと眠りに落ちていく、自覚だけがあった。そして瞼を開くと、カプセルの蓋が開いている。
 瞬き、ゆっくりと身を起こすと、カプセルの向こうにリイが立っているのが分かった。気配で気づいたか、上半身を起こしたアンディをリイはゆっくりと向き直る。陽炎のような靄が、その身の動きに合わせて揺れた。
 ──やあ、さすがに二年分の経験があると違うね。順調だよ……。
 脳裏に直接、リイの声が響いてくる。これがアンディ個人の夢でなく、リイと意識空間を共有した夢であることを証明するために、その言動をアンディは覚えておく必要があった。構築する世界の内容については、事前にリイと教官が打ち合わせているはずだ。
「……あなたこそ。僕はあなたの年には、同調の経験さえありませんでしたよ──ここはどこですか、さっきいたのと同じ部屋?」
 ──うん、基本的な確認だけだからあえて場所を変えるまでもないかなと思って。
 リイの声はあいかわらず、喉を通じてではなく脳裏に直接伝わってきた。
「ああ、それもそうですね──で、無人のセンターを構築されたんですか? それとも、部屋の外には誰か他の人物を配して……」
 ──うん、そうだな、それじゃあ少し世界を広げようか。操作室と……。
「そんなふうに、夢の操作まで簡単にされるんですね。さすが……」
感心したように息を吐き、アンディは床に立とうと体をひねる。
──そりゃ、僕の夢だもの。内面世界だから、アンディさん、さっきあなたが本当は何を思っていただって分かるよ……。
リイの声が、淡々と聞こえてきた。アンディは瞬き、音を立てて唾を飲む。
振り返ると、こちらを向いたリイの顔には、いわくありげな笑みが浮かんでいるような気がした。踏み出しかけた足の動きをほんの一瞬だけ止めた後、何事もなかったような顔をしてアンディはゆっくりと足を下ろす。
 とたん、音もなく目の前の床が抜け、前のめりに転がる急激な落下の感覚に襲われた。視界が目まぐるしく変化する。目前にある風景を把握することさえできない。
 突然の変化に、喉から大声が飛び出したのが分かった。そして気がついた時には無音の世界にアンディはいた。
 どこか遠くの方で、リイが名前を呼んでいるような気がする。
 どこからだ、どこから聞こえる。アンディは胸の奥で自問した。視界が揺れている。脳震盪でも起こしたかのようだ。それに、ひどく暗い。
 呼吸が、苦しかった。どくん、どくんと心臓が大きく波打つのが分かる。僕はどうしてしまったんだろう? 不安は、疑問に遅れてやってきた。つい先ほどまでリイと話していたはずだったのに、ここはいったいどこなんだ。唇を舐め、アンディは暗い四方を見渡した。
 と、背後から白い手が伸びてくる。反射的にアンディは身を引き、体の向きを変えた。手はごくわずかの間だけ動きを止めた後、音もなくすうっとこちらに近づいてくる。
 ──どうしたのさ、アンディさん。優秀な人だって聞いてたけど、いったいどうしちゃったのさ。
 リイの声が、脳裏に響く。いったいどうしちゃったのさ──それは、僕の言うことだ。頭が痛い。心臓が……体が、揺れている。
 ──思い上がりよ──思い上がりだわ。ここにはほら、あなたなんかより若くて優秀な人がいる。
 前方からリイのものではない、細い女の声が届いた。伸びてくる手が形を変え、白く繊細な女の手を作る。暗い中にぼんやりと、女の顔が浮かんでいる。
 跳ねるように、心臓が激しく打った。

 瞼を開いた時、アンディは肩で大きく息をしていた。ここはどこだろう? そんな疑問が頭をよぎり、居場所を確かめるようにアンディは視線を左右に動かす。
 カプセルの蓋が開いているのが見えた。さっきと同じ夢の中に戻ってきたんだろうか?
 自問するとほとんど同時に、左手にある扉が開いたのが分かった。ゆっくりと首をひねると、数人の男たちがばたばたと駆け込んでくるのが見える。
 男たちの先頭には、訓練を指揮していた壮年の男の姿があった。リイの姿は見当たらない。いったい、どこへ行ってしまったんだろう?
「教官──僕は、あの、訓練は……?」
 駆け寄ってきた男はカプセルの脇に膝をつき、安堵したようにため息をついた。それから身を起こそうとするアンディの肩を押さえ、軽く叩く。
「訓練はいいんだマルコフ、気にするな。こちらの調整が少し甘かったようだ──リイもじきに呼び戻すよ。訓練は後日、落ち着いてから予定を立てよう」
「後日……」
 言われた内容を脳裏に反芻するまでに、ひどく時間がかかったような気がした。それからゆっくりと視界を巡らせ、隣に置かれたカプセルの蓋がまだ閉じたままであることに気がつく。
「……教官! 彼はこの訓練室を、センターを夢に構築するという予定になっていたんですよね? 僕はさっき、夢の中で彼と──」
「訓練室? 訓練室を夢に見たのか?」
 怪訝そうに男は尋ね、眉間に皺を寄せる。
「覚醒を早めて正解だったな。おいマルコフ、リイなら隣でおまえが訪れたことのない街を構築しているぞ。それでなくては記憶の混同が起こった時、同調を確認することすらできんだろう? ついでに言っておくが、おまえとリイの脳波は大きくずれたままだった」
 男のせりふを聞く間に、アンディの目は目まぐるしく色を変えていった。肯定と否定、それに続いて理解と疑問が足早に行き来し、おもむろにアンディは身を起こす。
「おい、マルコフっ? どうした、落ち着け!」
 跳ね上がるように起きたアンディの上半身を押さえるように受け止め、壮年の男は声を荒げた。
「違う、僕はまだ夢の中にいるんだ! 混乱している──リイ、どこです? 隠れてないで……」
「誰か、誰か薬をよこせ!」
 耳のそばで、男が大声を上げている。体を押さえつけられ、思うようには動けない。
 リイ。まったくもって、あなたはリアルな世界を構築したものだ。カプセルの外に出ようと抵抗を続けながら、アンディは混乱する頭の中に文字を流した。そしてまとまりのない思考を遮るように、暗い幕が視界を覆う。
 行動に自覚があったのは、そこまでだ。暗幕の中に引きずられるようにふっと、眠りの中にアンディは落ちていった。

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