かさねる、かさなり

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 センターの訓練室にはアンディの他、監視者として配属されたばかりの青年たちが召集されているようだった。部屋に入ると、部屋中の視線がアンディに集まり、そして戻る。
 青年たちはこの日、それぞれの体質に合わせた薬剤を使用し睡眠の記録を取ることになっていた。すでに監視者として活動実績のあるアンディだけは別扱いで、手すきの解析者を相手に意識を重ねる同調訓練を行うことになっている。
 その相手、解析者リイ・リウィウスはアンディより六歳も年下、まだ十八歳であることをアンディは事前に聞かされていた。ついでに、彼が「共通する夢」の発見者アンドレ・フォルズの秘蔵っ子のうちひとりだという話も。
 解析者の平均年齢が三十四歳前後と言われる中、その半分程度の年齢とは恐れ入る。解析者一覧で見た顔を思い出してアンディは部屋を見回したが、リイの姿はまだないようだった。その代わり、何を思ってかじっとこちらを見る女の姿があることに気づく。
こちらを見ていたのはアンディとほぼ同年齢かと思われる女で、技術部の制服を身につけていた。
 目が合うと女は、驚いたようにぱちぱちと瞬く。話の口火を切ったのは、女だった。
「あなた、アンディ? アンディ・マルコフでしょう?」
 突然名を呼ばれ、アンディはわずかに身を引く。
 女は足早に歩み寄り、アンディの目の前に立ち止まって笑んだ。見覚えのない女の顔に、アンディは困惑の表情を作る。
「……確かに僕の名前はアンディ・マルコフだけど。君、誰」
 問われて初めて、女は名乗っていないことに気づいたような顔をした。
「ああ、そうね、急にごめんなさい。あの、わたし四年前までミドルアースで技術課程を学んでいたの。あの頃あなた、監視者候補生のひとりだったわよね?」
「四年前? その頃は確かにミドルアースにいたけど……」
 そこまで言った後、応える声をふっと切ってアンディは口の中で小さく声を上げた。
 四年前。と言うことは、アンディが監視者候補生として講義と訓練を受けていた頃を知っているということだ。
 そのことに気づいたとたん、女に対する困惑と興味が消えていくのが分かった。そうか、四年前のあの頃、僕を遠巻きに眺めていた連中のひとりか。
「……覚えていてくれて、光栄だよ。そんなに有名人だとは思ってなかったな、僕自身」
 知らず知らず、声に嫌悪が混じった。優秀な人材が集められていると聞いていたハバロフにも、やっぱりこういう奴はいるんだな。
 頬に張りつけるような笑みを浮かべて、アンディは体の向きを変えようとした。だが次いでかけられた女の声に、アンディは動きを遮られてしまう。
「──何よ。あなた自分じゃさぞ有名なつもりなんでしょうけど、思い上がりもいいところだわ!」
 早口に言い放った女に、アンディはもう一度困惑の表情を向けた。よほどアンディの言動が気に入らなかったのか、女はむっとした表情を隠しもしない。
「そうよ、ここにはあなたなんかより若くて優秀な子がたくさんいるんだから。今日のあなたの訓練相手をご覧なさい! 彼、まだ十八よ」
 そう面識が深いわけでもない相手に、なんだっていきなりそんなことを言われなきゃならないんだ。それに、言われなくてもそんなことは承知している。
 そう思いつつ、まずは穏便に返事をしようと思った時、風を切るような音を立てて入り口が開いた。
「おはようございます──僕、最後かな? あ、リンダさん。早いね」
 軽やかな挨拶とともに、ひとりの青年が部屋に入ってくる。薄い色合いの金髪に利発そうな顔立ち、今しがた話題に上ったばかりの十八歳の解析者、リイ・リウィウスだった。
 リンダというのは、アンディの目の前にいる女の名前らしかった。女は表情を穏やかなものに変え、口を開く。
「おはよう。あなたこそ、今日は寝坊しなかったのね」
「ちゃんと起きたよ。起こされたんだけど」
 親しげなリンダの口調を当然のように受け止め、リイはふてくされたような顔をした。
 ……面識があるってことは、やっぱり強いな。胸の内につぶやき、アンディはくっと唇を結ぶ。
 すたすたと歩いてリンダの前を通り過ぎると、アンディはリイの目前に立ち止まり、そして笑んだ。
「リイ・リウィウスさんですね。先日配属されたアンディ・マルコフです。今日はお世話になります」
「あ、うん。よろしく」
 アンディにとられた手に軽く力を入れて握り返し、リイはちらりとリンダを見やった。その視線の動きに気づいて、アンディはわずかに表情を動かす。
 リンダは近づいてきた技術部の男性から冊子を手渡され、最終的な打ち合わせを始めたようだった。リイに促され、アンディは部屋の中央付近へと進む。
 その後いくらも経たないうちに訓練を担当する壮年の男が部屋にやってきた。記録と訓練についてのひととおりの説明が終わると、監視者たちは別の部屋への移動を指示される。
 アンディはリイと連れ立って、睡眠用のカプセルが用意された部屋へと移動した。

 移動した先の部屋では、訓練の準備はほぼ整っているようだった。手際よく仕事をこなしていく技師たちの中には、リンダの姿もある。男性技師と同等の仕事ができることにアンディは感心したが、それだけだった。ハバロフに勤務しているならそれくらい当然だ、という気さえしてくる。
 体の各所に電極を張りつけられ、入眠の準備がすっかり整うと、技師はひとりを残して部屋を出て行った。アンディよりいくらか早く入眠するリイは、すでに楕円型のカプセルの上に座り込んでいる。
「アンディさんさ、彼女に何か言ったでしょ。らしくない顔してた」
「え?」
 突然親しげに話しかけられ、アンディはリイを振り返って瞬いた。
「彼女──リンダさんってさ、あんまり顔に出す人じゃないんだけどね。ほら、僕が入ってきた時、何か話してたみたいだったから……」
「何かって、別に何もありませんでしたよ。ただ、あの、四年前までミドルアースで一緒だったようで」
「ああ、そうだったんだ? それなら分からないでもないけど──あ、準備できたの? じゃ、アンディさん、お先にね」
 話の途中で技師に声をかけられ、リイはカプセルの上に横たわった。何を言われたのかよく飲み込めないままのアンディを残し、リイの姿はカプセルの中に消える。
 この日の同調訓練では、先に入眠したリイの夢にアンディが後から同調するという形をとることになっていた。そのまましばらく待つとアンディにも入眠の指示があり、先ほどリイがそうしたようにアンディはカプセルに身を横たえる。
 あんまり顔に出す人じゃない? 閉まるカプセルの蓋に視線を向けながら、アンディは眉間に皺を寄せた。それじゃ、初対面であんなことを言われた僕はいったいなんなんだ。
 おまけに、リイは入ってきたばかりの一瞬で何を見たと言うのだろう。リイに相対する時、リンダは穏やかに笑っていたはずだ。
 十八歳の解析者、か。舐めてかかっているつもりはないが、さすがかのアンドレ・フォルズの秘蔵っ子、彼の娘ユウリ・フォルズと並んで世界最年少の解析者と言われるだけはあるということか。
 胸の奥につぶやくと、アンディはそっと唇を舐めた。

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