半月
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兄弟に断りなく医務局に向かった二日後の朝、ユウリはひとりで家へと戻った。帰り際に事務局で確かめたところ、ダグラスもリイも休みでセンターの中にはいない──つまり、家にいる確率が高い。帰宅を遅らせようかと迷ったが、意を決してユウリはセンターを後にした。
じきにバレるとハンナは言ったが、考えてみればそれも当然だ。汚物入れどうこうといった話はもちろん、ダグラスは日常的に解析者や監視者の人材配置を目にする立場にいる。ユウリに訓練の連絡が来るより早く、ダグラスはユウリの訓練開始を知るはずだ。
その時になって知られるより、早い段階で知られていた方が気は楽というものだった。ふたりがこのことを知る時までこそこそと行動してるなんて、嫌だ。
そんなことを半ば自分に言い聞かせるようにして胸につぶやきながら帰宅すると、ふたりはそろって居間にいた。リイは部屋にいると思ったのに、とふたりを見つけるが早いかユウリは胸にぼそりとつぶやく。
家の鍵を持つ者が他にいないことから、ノックもなしに扉を開けたのがユウリであったことは分かっていたのだろう。ふたりは扉を向き直った姿勢で動きを止めており、おかえり、ということばが出るまでにはそれぞれごく短い間があった。
「ただいま」
努めて何事もなかったような顔を作り、手に持っていた荷物を玄関ホールに置いてユウリはさっさと居間を横切る。
声をかけられることを拒むように、ユウリの視線は自室の扉に固定されていた。
もともとの主であったアンドレの好みで、この家の扉の多くは木製である。みっつある寝室の扉はどれも木製で、センターでは聞くことのない扉を開け閉めする音を三人は日常的に聞いていた。
ユウリが後ろ手に閉めた扉は、ばたん、というやや荒い音を立てて居間と部屋に区切りをつける。閉めたばかりの扉にもたれると、ふう、と息を吐いてユウリは集音マイクのスイッチを入れた。途端、リイの声が飛び込んでくる。
「……機嫌、よくはないんじゃない?」
対するダグラスがなんと応えたのかは、よく聞きとれなかった。
そんなことないもんそんなことないもんリイの馬鹿! と勢いよく胸につぶやいておいて、ユウリは部屋の隅にまとめておいた洗濯物へと視線を向ける。
張ったままだったシーツを勢いよくベッドからはがすと、ユウリはくるくると器用にまとめた。二回に分けて運ぶより一回ですませちゃった方がいいよね、とまとめたシーツの間に下着を挟み込む。
小さな体にシーツを抱えたまま、ユウリは部屋の扉を押し開けた。こちらをうかがっていたのだろう、ダグラスと目が合ったが、ダグラスは何も見なかったような顔をして早々に視線をそらしてしまう。
リイが声をかけてきたのは、ユウリが駆け出そうとしたその瞬間のことだった。
「いきなりセンターに泊まったかと思ったら、今度は何やってるの。大掃除?」
とぼけているだけか、本気でそう思っているのか。表情からは判別しがたいが、リイなら多分前者だとユウリは思った。
「見ないでっ。見なくていいの! あっち見ててっ」
勢いよく言って、返事を待ちもせずユウリはだだっと居間を駆け抜ける。
キッチンを通り抜け、洗濯機にシーツと下着を突っ込むと、玄関ホールに引き返してユウリは置いてあった荷物を手にした。歩きながら、中からとり出した洗剤の表記に目を向ける。時間が経ってしまったし、洗濯機に入れてある洗剤では血は落ちにくいかもしれないから、とハンナが貸してくれたものだった。
視線を感じて向き直ると、居間の兄弟は途端に顔を背けてしまう。分かってるくせに分かってるくせにもう! 状況から考えて、ふたりが何も気づいていなかったらただの馬鹿ね、と言ったハンナのせりふを思い出し、ユウリはひとり頬を膨らませる。
改めて洗濯機のそばにたどり着くと、洗濯機に放り込めばすむだけの洗濯物がかごの中に入っていた。
「ふたりとも、わたしがいない間洗濯もしなかったのっ? もう、信じられないっ」
顔は見せないまでも、居間に届くくらいの大声で言ってやる。リイはわりとこまめに身の回りのことをするが、ダグラスは家事に積極的とは言いがたい。
「……ご、ごめんあの、昨日の訓練、ちょっとキツくて寝ちゃったから……」
「あっち向いててって言ったのに!」
わざわざ謝りにきたリイを跳ね除けるようにユウリが言う頃、洗濯機はとっくに動き始めている。
矛先が自分に向かないことを願ったのかなんなのか、こそこそと玄関ホールに向かうダグラスの姿がキッチンの向こうに見えた。
「少尉ー? 今日、お仕事じゃないんでしょ? どこ行くの」
声をかけられ、ダグラスは短い間を置いて肩越しに振り返る。
「……え……あの、ちょっと散歩でも……」
「あ、僕も! 僕、ちょっとセンターに用事があったのを思い出したよ。じゃあユウリ、また後で」
ユウリの顔を見もせず言うと、そそくさとリイはその場を離れ、兄と連れ立って玄関を出て行った。
両手を腰に当ててふたりを見送った後、ユウリはべーっと大きく舌を突き出す。その後で洗濯機を見やると、まったくもうしかたがないんだから、とユウリは胸につぶやいた。
単身赴任者だらけのこの小都市では、皆ほとんど自分で家事をしている。家事と言っても大半は機械化されていたから、面倒と言うほどのものはない。洗濯ひとつとってみても、洗濯物を放り込みさえすれば勝手に動き出すのだ。
面倒なんじゃなくて甘えてるだけよね男の人って、とハンナにならってつぶやいてみてから、ユウリはぷっと小さく吹き出した。なーんだ、結局皆変わりない。
訓練が始まってもリイとわたしが解析者になっても、毎日はきっとこんなもの。
未来がそうであることを当然のように想像しながら、ユウリは鼻歌を歌い出した。
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