半月

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 個人に貸与された住居は各人の管理によるとして、小都市全体の環境は常に同一に保たれているというわけではない。気温、湿度とも季節や時間に応じて調整されており、朝方は多少、涼しい。
 日照時間も季節に応じて多少の変化をつけられていて、薄青への変化の途上にある空をコリンは窓越しに眺めていた。
 すぐそばには、初代からの、そして現役の解析者であるボウ・グリフィスの姿がある。顔を合わせる時間が常になく早まったのは、コリンが今日から入る仕事の開始時間を考慮してのことだった。
 コリンはもともと、解析者候補としてこの小都市に配属された身である。コリンが夢の世界への同調をするようになったのは、アンドレ・フォルズの事故が起こる前のことだった。あの事故の後、急遽登用された制度に基づきコリンは監視者と呼ばれるようになり、解析者として独り立ちしたのはまだ最近のことである。
 アンドレの事故は実に身近で起こったものであったから、なおさら他人事のような気はしなかった。事故からこちら、筆頭に立って監視者制度の登用を進めたボウは今では次代の解析者を育てることにより力を注いでいる。
 アンドレの娘、ユウリはそのボウが「実の娘のような」と親しみに明らかにする相手でもあった。コリンにとっては後輩であり、世話を見るのが当然の相手でもある。
 そのユウリに初潮があったという連絡を受けたボウから話を聞き、じきに始まるであろう訓練とユウリのことにふたりは思いを馳せていた。
「……正直言って、年下が来るとは思わなかったよ。で……いくつだって?」
 思惟に反して、話題に乗せたのはユウリのことではない。
 ボウは視線をちらりとコリンに向け、空へと戻した。
「二十四になったそうだ。……年下というが、優秀だぞ」
 固有名詞がなくとも、話題の人物が誰であるかを判断することくらいたやすい。相手の正体を確認する必要性すら、ボウは感じていないようだった。
「単身赴任できる方が望ましい、ということは伝えてあったがな。結局、着任前にご主人と別れたそうだ」
「あ、何、独身じゃなかったのかよ。いや、別れたんなら今は独身か」
 眉を上げ、コリンはわずかに身を乗り出す。
 ボウはもう一度ちらりと視線を動かし、声を立てずに笑ったが、その笑いはすぐに消えた。
 ボウにならって、というわけではないにしろ、コリンはわずかに目を細めて空を見ている。ややあって唇を舐めると、コリンは空を見たまま口を開いた。
「子どもは?」
「いない。……と言うより、産めない」
 ボウの返事は、淡々としている。
「生殖機能に異常があって、睡眠法の適用を受けることができなかったそうだ。彼女を残して、肉親は全員睡眠しているそうだよ」
 コリンは、すぐには返事をしなかった。
 不妊症の女性は、多い。いや、不妊症は女性に多いばかりではない。治療によって子孫を得ることが可能になるとしても、不妊症の男女が冷凍睡眠法に基づいた処置を受けられる可能性は低い。治療の成果は受精によってしか確かめられず、またその成果が永続的なものであるという判断を下すことが難しいからだ。そして、なんらかの治療を受け、育てる者のいない子どもを残してまで冷凍睡眠法の適用を受けたいと望む者は少ない。
 結果として冷凍睡眠法の適用を受けない者たちの中で不妊症の比率は高まり、眠る人々が睡眠から覚める直前までに人口はかなり減るであろうことが予測されていた。
 もっとも、それは冷凍睡眠法の計画内の出来事だ。人類は今、種の存続を図るため地球政府を筆頭に決死の闘争のただ中にある。
 解析者とは、その闘争においてなくてはならない存在のひとつであった。
「……大丈夫か、そういう女で。ユウリが不妊傾向にあるかどうかはまだ分からねぇとして、ついでに子どもを産むつもりがあるかどうかも別として、補佐する側が不妊症じゃ……」
 女性同士にしか持てぬであろう共感のために女医を求めたのに、不妊症はそれを阻む壁になりはしないか。あるいは今しばらくはいいとして、いつかそういう時が来る可能性は否定できないのではないか。
 ボウは返事までにいくらかの間を空けたが、コリンの指摘する不安を真新しい意見ととらえたわけではないようだった。
「人となりを見る限り、大丈夫だと思っているよ。……まずは、ユウリ自身と彼女に任せよう。後のことはそれからだ──信頼関係ができさえすれば、克服できる壁もある」
 せりふの終いにはため息のようなものが混じり、コリンは無言で軽くうなずく。
 どうなるとも知れぬ未来に向かい、手探りをするのはいつものことだった。探る対象は未来ばかりではない、眠る人々の意識の中とて解析者にとっては対象のひとつだ。
「……おれ、そろそろ行くよ。朝早くから悪かったな、おっさん」
 仮にも教官に向けるとは思えぬことばで呼びかけ、コリンはくるりと身をひるがえした。呼称を特に気にしたようすもなく、ボウは軽く肩をすくめて笑う。
「ああ、今朝はいつもよりずいぶんと早く起きたよ。ガーネットに詳しく話を聞いて、その後は一眠りすることにしようかな」
 歩き出したコリンの背に声をかけたが、コリンは両手を広げて見せただけで、声に出しては何も返事をしなかった。

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