半月
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毎日のように歩く通路は清潔にそして無機質に保たれていて、日は変わっても変化らしい変化はない。人が無機物に様々な印象を抱く時、そのほとんどは印象を持つ本人の主観に左右されている。
だから最近、自分がこの通路に感じているよそよそしさは、あくまで自分が発しているものなんだ。
胸の中にぶつつきながら、少女は見慣れた通路を歩いていた。
隣には、みっつ年上の幼なじみの姿がある。ほんの少し前まで同じくらいの身長だった気がするのに、ふと気づいた時には見上げるほどに彼の背は伸びていた。
「ついてくるのはいいけどさ、ユウリ。訓練が始まったら、外に出ているように言われるよ? その後はどうするつもり」
ふいに幼なじみが発した声に顔を上げ、ユウリと呼ばれた少女は唇を軽く尖らせる。
「いいもん、ちょっと見てるだけだから。少尉が遊びにきてもいいって言ってくれたし」
「ダグラスだって仕事中だろ? 一応」
「一応じゃないもん、少尉はちゃんとお仕事してるもん! もう、リイってばいつもそんなことばっかり」
ぷんと膨れて、ユウリはリイと呼んだ少年から勢いよく顔を背けた。その後頭部を向いた後、やれやれ、と言わんばかりにリイは両手を上げる。
「それなら、仕事の邪魔はしない方がいいだろう。家に帰って勉強してなよ」
ユウリは返事をしなかった。
むくれた顔のまま通路を歩いていくと、それから間もなく目的地に到着した。そこは数ある訓練室のひとつで、扉の前に立ち止まるとリイは身分証明カードをとり出す。
講義はリイと同じように受け、同じ程度に優秀だと講師陣からは言われているのに、リイが持っている鍵つきの身分証明をユウリはまだ渡されていなかった。 無言のユウリの視線を感じているのかいないのか、リイは扉脇の溝にカードを通し、開いた扉をさっさとくぐる。
数秒の時間が流れて扉が閉まり出すまで、ユウリは通路側に突っ立っていた。
閉まりかけた扉を反射的に手で制し、その時になってようやくユウリがくっついてこなかったことに気づいたようで、リイは軽く眉を上げて口を開く。
「来ないの? 見てるって言ったのに」
ユウリは顎を引いて、上目づかいにリイを見やった。
「……行くもん。リイの馬鹿っ」
短い間を置いて言い、ずかずかと部屋に入ってリイのそばを通り過ぎる。
リイは眉をひそめて肩越しに振り返り、それから体の向きを変えた。
「来ないのって聞いただけなのに、なんで馬鹿なんて言われなくちゃならないんだい? ユウリ、この頃なんか変だよ」
つぶやくようにリイが言ったが、ユウリは聞こえなかったふりをした。
扉の向こうにはすでに数人の男たちの姿があり、あちこちで短く声を交わしながら操作卓に向かっている。
ユウリとリイが部屋に入ったことにほとんどの者がすぐに気づいたようだったが、ユウリを見咎める者はいなかった。
「おはようございます、リイ。体調はいかがですか」
男がひとり、操作卓を離れてリイのそばに歩み寄る。
「問題ないよ。食事は控えたし──ユウリに怒られたけど」
ちらりとユウリに視線を向け、リイは言ったが、ユウリはもう一度聞こえないふりをした。リイはそっとため息をつき、視線を戻す。
声をかけてきた男に促され、リイは訓練に関する打ち合わせをしながら奥の部屋へと移った。
リイの声は無視したくせに、その後ろ姿をユウリはじっと見送っている。ここにはユウリを見咎める者はいなかったが、同時に、ユウリの存在に気をかける者もいなかった。人員は、決して余っているわけではない。
ユウリは手近に空いていた椅子に腰を下ろし、浮いた足をぶらぶらさせた。
放っておかれるのは、いつものことだ。胸の中に、ユウリはつぶやく。
ここはリイの同調訓練──共通する夢という意識世界に出入りする訓練のために用意された場所であって、食堂でも談話室でもない。
みっつ年上のリイは、十五歳。いつ頃からか急に背が伸びて、それから、声が変わった。 リイに訓練の案内が来たのはその前だっけ、その後だっけ。確かその前後のような気がするけれど、よく覚えていない。 正確には、訓練の案内が来たのがいつだったかは分かるけれど、それが声変わりの前だったか後だったかが思い出せない。
リイの姿が奥の部屋に消えてしばらく経った頃、再び部屋の扉が空いた。何気なく視線を向けると、顔なじみの男が姿を現す。
「よう、ユウリ。いたのか」
最初に目が合ったせいか、男は他の者より優先してユウリに声をかけてきた。ユウリはぱっと表情を輝かせ、椅子から床へと軽く飛ぶ。
「おはよう。コリン、聞いて。リイったらひどいんだよ」
コリンと呼んだ男の前に立つと、ユウリはその顔を見上げた。
「少尉は一日二食だからいいけど、リイはいつも三食食べるの。だからわたしちゃんとリイの分もハニートースト作ったのに、リイったら訓練の朝はいらないって言うんだよ。そんなの、わたし聞いてないから知らなかったのに」
コリンが口を挟まないのをいいことに、ユウリはすねた口調で長々と訴える。
両手を胸の高さに上げ、拳を作ったユウリを見下ろし、コリンは軽く首を傾げた。
「あ、そう。その年から夫婦喧嘩?」
「違うもんっ」
ユウリが声を上げる前に、コリンの表情は揶揄の色に染まっていた。
「違うもん。わたしはただ、リイはもう訓練に入ってるけどわたしはまだだから、わたし訓練のことは分からないから」
「分かった分かった。要するにあれだな、自分だけ訓練に入れないからすねてるわけね」
両手を広げて肩をすくめた後、コリンは右手をユウリの頭に乗せ、ぽんぽんと軽く叩いた。その続きに両手をユウリの頬に当て、柔らかな頬を左右に引っ張る。
「かーわいいなぁ、おまえは。だから訓練に入るにゃまだちょっとガキだな。待ってな、じきにお呼びがかかるから、もーちょっとオトナになったら」
「もうっ! 子どもじゃないもんっ」
コリンの手を引きはがす代わりに、ユウリはその手を両側から思いっきり引っぱたいた。ユウリの頬から両手を離し、コリンは両手を振って露骨に痛かったようなふりをして見せる。
「コリンの馬鹿、意地悪っ」
言うと、ユウリはたっと床を蹴った。内側からは自由に出ることのできる扉は、ユウリの存在を感知してさっと開く。
「おい、どこに行くんだよ?」
「パパのとこっ」
吐き捨てるように言って、ユウリは通路へと駆け出していった。
あーあ参ったね、とあまり緊迫感のない口調で言って、コリンは後頭部をかいている。
「いいんですか? ほっといても」
それまで静観を決め込んでいたのだろうが、ひとりの男がさすがに心配になったというふうに声をかけてきた。
「まぁ、いいだろ。あのな、ダグラスに連絡やっといてくれ。おれとリイの名前で」
「あ、はい。あの……なんて話せば?」
後ろからのぞき込むようにして、男はおずおずとコリンに問う。
「馬鹿野郎、そんなもん適当に考えて適当に喋っとけ。あー、参るなぁ、ったく。ダメねぇもう男親はッ」
「は? あの……」
せりふの後半、音を上げたコリンに男は応答に困ったような顔を向けた。コリンは男を振り返り、なんでもいいからさっさと連絡しとけ、と面倒そうな口ぶりで言う。
返事をするかしないかのうちに向き直り、男は通信機のそばに駆け寄った。通信の相手につい今しがたの状況をかいつまんで説明し、コリンとリイの名前を添える。
通信を終えた男が内容の確認を請うように振り返り、コリンは眉を軽く上げた。
「そう心配することもないさ、女医が来たらしいからな。今頃ボウがセンターん中を案内してるはずだぜ。あとは女医さんがどうにかするだろ、美人だし」
最後の一言は、どう考えても不必要な形容だ。
男が振り返った姿勢のまま困惑して固まっているのをよそに、コリンはすたすたと歩き出して隣の部屋へと移動した。
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