地球標準暦108年…

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 ドーム型小都市ハバロフは、政府の直轄地として二十二年前に建造された街だが、常に最新の設備を導入し、また清潔に保たれている。地球標準暦一〇八年現在、この街のセンターには百万人近い人々が眠っていて、彼らを守る鉄壁の寝室としてハバロフはどこよりも平和な都市でなくてはならなかった。それはハバロフ以外の政府直轄地にとっても同じことで、世界には、十八のドーム型小都市が存在している。
ハバロフは世界第五の政府直轄地として建造された小都市だった。
 半日の道程を終えてハバロフに到着すると、入都手続きはいつものようにドーソンが代行してくれた。ハバロフを訪れるたび、ユウリはドーソンの手順をじっと観察していたので、操作自体はそれほど難しくないであろうことは知っていた。申請手続きがすむとドーソンは車両に引き返し、無口なユウリの隣に座る。
 しばらくすると誘導用のロボットが姿を見せ、車両を操作するアルバートに合図を送った。誘導に従ってアルバートは車両を進め、さらにいくつかの手続きを終えて、ハバロフの中へと入っていく。
 清潔な空気の中に降り立ってすぐ、ユウリは顔見知りの少年がこちらに歩み寄ってくるのを見つけた。
「少尉」
 呼びかけると、一瞬の間を置いて相手は苦い笑みを浮かべる。
出発の準備を整え、ドーソンに再会し、そしてハバロフに到着するまでの丸一日、ほとんど口を開かなかったユウリが自ら口を開いたことにドーソンは驚いた。ユウリにとり、迎え出た相手が父親に次いで親しみのある相手だということは承知しているが、明らかな態度の差はそう快いものではない。
「久しぶりだね、ユウリ。元気だったかい」
「うん」
 いいかげんな返事をユウリは返した。ユウリのちょうど倍の年齢、十六歳の少年は笑みを作ってユウリの手をとる。
「お疲れさまでした、准尉。明けの広場でボウがお待ちです」
「ありがとう。後は任せる」
 短く答えるとドーソンは体の向きを変え、「明けの広場」と通称されるハバロフの東側の広場に向かった。去り行くドーソンの背をちらりと見やったものの、ユウリはたいして興味もなさそうに視線を戻す。
 補佐としてドーソンに付き従っていたアルバートは小走りに駆け、ドーソンの後を追った。
「さて、君はどうする、ユウリ? ひと休みするかい、それともパパに会いに行く?」
「パパに会いに行く」
 ダグラスの問いに、ユウリは即答した。

 数日前に比べれば、センターの内部は落ち着きを取り戻しているように見えた。それでもまだ、各所には動揺が残っていて、ユウリの姿を見かけた者の反応にそれは顕著に現れた。ダグラスは努めて周囲との会話を避け、余計な先入観をユウリに与えないよう気を配った。ユウリは賢い子だ、無数の情報の中から自分のために本当に必要な情報を得る能力は十分に持っているだろうが、だからと言って情報の海に放り出しておくのを好ましいとは思えない。
 ナンバー十一、都市ドドナの西側通路にたどり着くと、ユウリが小走りに駆けてガラスの壁にへばりついたので、ダグラスは彼女に並んで立ち止まることにした。小柄なユウリは背伸びをして、ガラスの壁の向こうに目を凝らす。
「この中にパパもいるの?」
 ガラス越しの無数のカプセルを見つめながらユウリは問うた。視線は広大な部屋を隅から隅まで舐め回すように動いている。ダグラスは唇に笑みを浮かべた。
「いいや、パパはこのすぐ隣の部屋にいるよ。もっと近くで面会できる……」
 応えながら、ダグラスは昨日の時点で面会申請を出していて正解だった、と考えていた。アンドレの事故を知ったイリーナかユウリがこの街を訪れるとすれば、目的は面会に他ならない。ユウリを連れて来ることをすぐに報告してくれたドーソンには、改めて礼を言っておこうとダグラスは思った。事故の報告はさぞ嫌な役目だったろう。
「リウィウスです。面会者ユウリ・フォルズを連れて来ました」
 目的の扉の前で立ち止まり、通話機に話しかけると、扉はすぐに道を開けた。父親についてセンターの内部を歩き回ることはあっても、無数にある部屋部屋へ入ったことはないユウリは、きょろきょろとあたりを見回している。部屋にある操作卓は、ユウリにはさぞ複雑怪奇なものに見えていることだろう。
 ユウリはそっとダグラスに体を寄せ、つないでいた手を両手で握った。ダグラスはハバロフに暮らす者の中には数少ない十代半ばの少年だが、八歳のユウリからすれば頼りがいのあるおとなだ。いくら顔見知りの者が多いとは言え、ダグラスほど打ち解けた相手が他にいるわけではない。
「面会許可証です。……何か変化はありましたか?」
 アンドレの眠るカプセルを収めた部屋の方向をちらりと見、ダグラスは問う。尋ねられた技師はゆるく首を振った。
「それがいいことなのか悪いことなのかは分かりかねますが、准尉」
 ダグラスは軽くうなずいた。
 あらゆる物事が未来に向かって前進を続けている状態なら、変化がないということはマイナスの評価を受けるだろう。だが今は、あらゆる物事が収縮に向かい、緩慢とした死へと向かっている時代だ。養父としてダグラスやリイの面倒をみてくれていたアンドレは、時折真摯な表情でそういうことを口にした。では地球政府の決死の努力には何の意味もないということですかと問うと、部分的にマイナスを食い止めているという意味では意味があるのかもしれないとアンドレは応えたものだ。年若いダグラスには飲み込みがたい返事だった。
「さ、ユウリ。その扉の先にパパはいるよ」
 ぱっくりと口を開けた扉にユウリを向け、ダグラスはその背後に立って後押しするような格好をした。ユウリはとまどったようにダグラスを見上げ、入り口を見、ごくりと唾を飲み込む。
 ややあって、肩に置かれたダグラスの手をつかむと、ユウリは部屋を移動した。
 次なる部屋の中に入ってガラスの壁を見つけるが早いか、ユウリはたっと床を蹴って転がるように壁際まで寄る。ガラスにぺたりと両手を当てると、四日前にダグラスが面会した時と変わらぬ状態でアンドレはカプセルの中に横たわっていた。
電極はあいかわらず無数に張りつけられている。数がいくらか増えたような気がするが、気のせいだろうか? ユウリの隣に立って眠るアンドレの姿を見、ダグラスはぼんやりと考えた。
 ユウリは無言で父親を見ている。三ヶ月ぶりに見る父親の姿に何を思ったのかは、外見上からは判断できない。ようやく焦点が合っているという程度の、どこかぼんやりとした表情には、現実ではない夢の世界を遠くから眺めているような色があった。冷凍睡眠法や共通する夢の概略を理屈として知ってはいても、実際に眠る父親を目の当たりにした今は、また別種の感覚が湧き上がっているのかもしれない。
 ユウリはゆっくりと視線を動かし、アンドレの体に張りついた電極やコードの行き着く先をたどっていた。ぺたぺたぺたぺた、張りつけられたコードには見覚えがある。いつだったか、学区にウイルス性の病が流行った時、感染した者はおとなも子どもも皆ああやって検査を受け、必要に応じて点滴を受けていた。コードが外されるのは彼らが閉じた瞼を二度と開かなくなる時だけで、防護服を着た専門医が彼らを担当していた。コードの先にはさまざまな計器があって、画面に表示される複雑な信号を専門医たちは計器と会話をするようにすらすらと解読していった。そして判断を下した。
 頭部を少しずつ動かしながらコードをたどっていたユウリの視線が一箇所に止まった時、ダグラスはユウリを見下ろして不思議そうに首を傾げた。ユウリはガラス壁に両手を当てたまま、しばらくの間固まっていた。やがて左隣に立つダグラスをゆっくりと見上げると、再びゆっくりとガラス壁の向こうを向き、そして部屋の中にある計器のひとつを指差す。
「パパ、生きてるよ! だって脳波も心電図も動いてる!」
 ユウリは大声で言った。
 ダグラスはことばに詰まり、喉を鳴らした。突然のことば、予想もしなかった発言に返すべきことばをダグラスは持たなかった。ユウリの大声に振り返った技師たちもまた、かけるべきことばを持たずに固まっている。
「わたし、パパに会いたい。ちゃんと会ってお話ししたいよ。ねえ、少尉、ねえ」
 ダグラスが目を大きく開いたきり、何の返事もしないので、しびれを切らしたようにユウリは両手で拳を作ってダグラスに訴えた。それでもなお、ダグラスが返答に窮しているので、ユウリは両手でダグラスの腕をつかみ、さらに言い募る。
「ねえ、ほんとにパパに会うにはどうしたらいいの。少尉は知ってるでしょう? 教えてよ、ねえ」
 思いが伝わらないことに苛立ち、ことばを何度となく入れ替えてユウリはダグラスに問いを投げかけた。自身を見下ろすダグラスの目に複雑な色が過ぎるのを見ても、その色が意図するところはユウリには分からない。緩慢な死へのプロセスに組み込まれたアンドレに再会する方法、それも本当に再会する方法? 視線を絡ませ、声を交わし、肌を触れ合わせる方法?
 ゆっくりと息を吸い、胸の奥にため、何度か唇を湿らせてからようやくダグラスは口を開いた。
「そうだね、ユウリ。パパは今、ドドナという街の人たちがみる夢の中にいる。ドドナと同じ隔壁の中に入って同調し、覚醒するはずだった日にはカプセルごとこちらへ帰ってきたけれども、パパの意識だけはまだドドナの中にいる」
 ことばを切り、ダグラスは唾を飲み込んだ。緊張に口が渇く。もう一度唇を舐める。
「もしどうしても本当に会いたいのなら、ユウリ、君もパパと同じ解析者になるかい? 今までよりもうんと勉強をして、訓練を受けて、それで適性が認められれば君もパパと同じ解析者の一員だ。こういう問題の起こったブロックに後追いで解析者が同調したケースは今のところないけれど、将来的には可能になっているかもしれない。君が可能にできるかも」
「准尉!」
 鋭い声が飛んで、ダグラスははっとした。
 駆け寄った技師のひとりがあからさまな非難の目をダグラスに向けた。ダグラスは唇を噛み、技師からもユウリからも視線をそらす。馬鹿、こんな子どもを相手にこんな勧誘があるか。感情ばかりが先走りすぎだ。
 ダグラスはうつむき、瞼を伏せた。ユウリが不思議そうな顔をして自分を見上げていることには気づかない。突き刺さる視線の一部がふいっとそっぽを向いたような気がして目を開けると、ユウリと目が合った。弁解しようとしてダグラスが口を開くより早く、ユウリが瞳を輝かせて口を開いた。
「少尉、いいことを教えてくれてありがとう。わたし――」
 ユウリの声は、外側の部屋に響いた呼び出し音によって途切れ、ユウリとダグラスはそろって音の方向を見た。操作卓を離れていた技師のひとりがあわてて戻り、通話機に向かう。
「はい、こちらナンバー十一ドドナ監視――」
「リウィウス准尉とユウリはいますか!? 至急センター前までお越しいただきたい……!」
 技師の声はあわただしい声にかき消され、部屋の中には緊張が走った。

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