地球標準暦108年…
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地球政府を代表して訪れたふたりの男は、努めて淡々と事実関係をイリーナに報告した。イリーナはほとんど返事をしなかったが、それは決して理解が及ばなかったからではなかった。
「事故が起こったブロックは第十一都市、現在のハバロフではもっとも多くの人口を持ったブロックです。都市の名前はドドナ――あなたがたが以前、暮らしてみえた街です」
夫の事故を告げられてからこちら、ずっとうつむいていたイリーナが顔を上げたのは、ドドナという都市の名をドーソンが口にしたすぐ後のことだった。
「懐かしい街……」
瞼を細めてイリーナはつぶやいた。懐かしい街、今はもう地球上のどこにも存在しないはずの街。
その方法から冷凍睡眠法と略称される地球政府の試みは、具体的には人類と地球の共生を基礎とした都市コロニーを建造するというもので、その最初の住人たる者たちは皆、世界に点在する政府の直轄地で長い睡眠状態にあった。悪化の極みにある環境を浄化し、自浄作用を取り戻させるためには、人々のごく日常的な生活さえ弊害となることから選択された政策である。
ドドナはそうした街のひとつであり、イリーナの故郷でもあった。開発の状況は政府の広報センターを通じて刻々と告げられる。事業はまだ序盤で、街の土台さえ完成してはいなかった。
「それで、主人はその夢に取りかかる時に何か?」
イリーナは問うた。そして答えが返ってくる前に続けた。
「事故の原因は何ですの? そもそも、何故あの街に専門家が行かねばならなかったのですか? 主人の他に適任者はいなかったの? あの街にはナタリーもいて――」
矢継ぎ早の質問は、ドーソンが遮る前に途切れた。はあ、とため息をついて、イリーナは再びうつむいてしまう。
それきりイリーナが口をつぐんだので、ドーソンは喉の奥で咳払いをして口を開いた。
「残念ながら事故の原因は分かりません、イリーナ。アンドレは……ご主人は、夢に赴く前にあなたと同じことをおっしゃいました。懐かしい街、二度と訪ねることはできないと思っていた街だと」
一旦ことばを切ると、ドーソンは唇を舐めた。
「それもそのはず、「共通する夢」が見つかりさえしなければ、ドドナが都市としての機能を得るのは標準暦一八五年の予定だ。ご主人もあなたも、生きていられるはずがない」
「思い出が詰まった街です。わたしたちの……」
うつむいたまま、イリーナは小声でつぶやいた。
「嬉しかったでしょうね、ドドナを訪ねられると決まった時は――いえ、きっとあの人は「共通する夢」を発見した時点で望外の喜びを感じていたに違いないわ。誰よりも未来を夢みていた人だから」
声は淡々としているようで、かすかに震えていた。
「確かにそうかもしれません。偶然が重なった結果とは言え……誰もが最初はアンドレを嘲笑したのです。未来を夢みるあまり、ありもしない夢想を現実と信じるようになったと。長い冷凍睡眠状態にある人々が継続夢をみているというだけでも信じがたいのに、それが――その、ブロックごとに共有された意識の中の不可思議な現象だなんて、最初は誰も信じませんでしたよ。私とて例外ではありませんでした」
一気に喋って、ドーソンは沈黙した。そうでもしなければ感情が抑えられないと言わんばかりだった。
「ドドナってママが住んでた街? あの写真のきれいなお家のあるところ?」
遠慮がちに口を挟み、ユウリは尋ねた。イリーナは娘を見やり、そっとほほえむ。
「そうよ。パパとママが暮らしていた街――標準暦九四年に眠りに入った街よ。あなたが生まれる六年前」
懐かしさがイリーナの表情を穏やかにしていた。
「パパも今はそこにいるの? ドドナの人たちは悪い夢をみていたの?」
ユウリは理解の追いつかない顔をしている。イリーナは瞼を伏せた。
次いでイリーナがゆるく首を振ったのは、ユウリの問いへの否定ではない。回答のためのことばが何ひとつ見当たらなかったせいだ。外部から夢を推察する方法などない。
「じゃあ誰か、きっと悪い人がいて、パパはその人に捕まっちゃったんだよ。きっとそうだよ。助けに行かなきゃ」
ユウリはソファの上に膝で立った。幼い子どもの、自分自身の思いに何より純粋なせりふを聞いたイリーナは無言で手を差し伸べ、小さな体を抱きしめる。
ハバロフからやってきた三人の男たちは沈黙し、母子の姿を見つめていた。声などかけられるはずもない。
視線を感じる余裕さえ振り落として、イリーナは十四年前を思い出していた。ドドナの名を聞いて、当時を思い出さずにいられるはずがない。何しろ十四年前の決断は、イリーナの、そしてアンドレの人生を大きく変える転換点だったはずだ。イリーナがあの時、ドドナと運命をともにしていたなら、少なくともユウリは生まれてはいなかった。
後悔したことがないと断言する自信はイリーナにはなかった。いつだってよりよい道を選んできたはずだ。それにもかかわらずアンドレを失うことになるなんて。
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