地球標準暦108年…

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 ユウリが待ち望んでいた都市ハバロフからの迎えが到着したのは、予定日の四日後のことだった。多忙な父親が直接ユウリを迎えに来たことはなく、迎えは、いつもと同じ顔見知りの男だった。
「まあ、ようこそおいでくださいました」
 白々しい迎え文句を口にする母親の後ろからユウリは迎えの男たちをのぞく。母親に先立って彼らに声をかけると、母親が機嫌を悪くするからだった。
「お邪魔します。先日は、ひどい砂嵐だったようで……」
 頭を下げて玄関をくぐった男の背後には、部下らしいひとりの男が控えていた。心なしか、少しよそよそしいような気がする。
何だかいつもと違うな、とユウリは思った。いつもだったらすぐに、わたしの姿を見つけて声をかけてくれるのに。
「ええ、外出禁止令が出されたものだから、この子も楽しみにしていた学校に行けなくて拗ねていたんですよ。一時期よりは減ったとは言え、困ったお天気」
「はは……。生活に不便はなくても、友達と会えないのはね……」
 母親の愛想に愛想笑いで応えて、男はちらりと背後のふたりを振り返った。
「少しお時間をよろしいでしょうか、イリーナ? 実は今日は、あなたにお話ししなくてはならないことがあって参りました」
 母親とユウリに向き直った時には、男の顔から愛想笑いはすっかり消えている。声音は、軽々しく名前を呼び捨てる相手に世間話を持ちかけるようなものではなくなっていた。
 イリーナの表情を影が過ぎる。
「中へどうぞ。コーヒーの用意がありますわ」
 発された声は、感情を抑えた淡々としたものだった。
 母親のスカートをつかんだまま、ユウリは顔を上向け、母親の表情を見上げる。何かが変だ、とユウリは思った。政府関係者に対しては愛敬を振りまくことを忘れなかった母親の表情がいつになく固い。そして何より、迎えの男の雰囲気が明らかにいつもと違う。
「申し訳ないが、あらゆる通信システムの遮断をお願いしたい」
 背後の男を伴い、イリーナの後について居間に入るが早いか、男は言った。形こそ丁寧だが、有無を言わせぬ口ぶりで、イリーナは当然のように男の声に従った。男たちに先回りしたユウリが男たちの席を用意するのをちらりと見、イリーナはキッチンへと姿を消す。
 ふたりの客人は無言で顔を見合わせた後、めいめいにユウリを見やった。そのうちのひとりは、ユウリと目が合うとぎこちなく笑った。ふたりの客人はどちらも、父親と同じく都市ハバロフに勤務しており、ユウリはそれぞれの呼び名を知っていた。ユウリから見て右側のぎこちなく笑った男がアルバート、いつもユウリを迎えに来る男はドーソンと呼ばれている。アルバートの階級は分からないが、ドーソンは確か准尉と呼ばれていたはずだ。
 ユウリは男たちに向かい合う位置に腰かけ、床から浮く足をぷらぷらと遊ばせていた。
 しばらくするとイリーナが盆を持って現れ、男たちにコーヒーを出した。自分とユウリのためには何も用意しなかったようだ。
座る直前、ユウリをちらりと見やった目は、この場にユウリがいることを非難しているようだった。
「お待たせして申し訳ありません。お話をうかがいますわ」
 腰を落ち着けたイリーナが口を開くと、ドーソンが喉の奥で咳払いをした。ユウリはイリーナの視線に気づかなかったふりをしてソファに転がる。
「ご主人のお仕事については、イリーナ?」
 ドーソンはイリーナから視線をそらしたまま尋ねた。ソファで遊んでいるユウリを眺めているように見せかけてはいるが、実際は後ろめたい気持ちを隠しているだけのようだった。
ユウリは多感な子どもで、そのことをすぐに察したけれども、何も気づかないふりをした。ユウリの中の奇妙におとなびた部分が、そうすることをユウリに要求していた。
「もちろん存じておりますわ。主人のように、直接かかわることをしなかっただけです」
 瞼を伏せ、イリーナは応えた。ドーソンは再び咳払いをする。
「そうでしたね。それから、イリーナ――」
 衿を直すようなしぐさをしながら、ドーソンは再びちらりとユウリを見やった。ユウリはぱちりと瞬きをし、勢いよく起き上がる。
「わたし、知ってるよ! パパのお仕事のこと知ってるよ。政府の人たちが地球を治してる間、夢をみてる人たちを守るお仕事してるんだよ!」
「ユウリ!」
 イリーナの鋭い叱責が飛んで、ユウリは肩をすくませた。だが口を閉じようとはせず、くるりと母親に向き直る。
「だって、パパに教えてもらったんだもん……!」
 ソファの上に四つんばいになり、身を乗り出すような娘の表情を見、イリーナは口ごもったようだった。無垢はこういう時、何にも勝る力になる。
ほんの一瞬、部屋が静まり、ことばを失ったイリーナの代わりに声を発したのはドーソンだった。
「結構です、イリーナ。同席を許可できないわけではない。ただ……」
 ドーソンはことばを探すような顔をした。そしてすぐにユウリを見、唇を舐める。
「ただ、ユウリ、これだけは約束してほしい。これから話すことはどんなに仲のいい友達にも内緒だ」
 声は心なしか低く、ゆっくりと言い聞かせるようなものだった。
「守れるね?」
 絶対の約束を投げかけるドーソンの表情は、ユウリがこれまでに見たことのない上目遣いの珍妙なもので、ユウリは即答できなかった。簡単にうなずいてはいけないような気がしていた。
「守れるよ。だってわたし、パパのお仕事のこと誰にも話していないんだよ。本当だよ」
 返事はいささか元気のないものになった。唇を結んだドーソンは瞼を伏せ、ゆっくりとうなずいて唇を舐める。
 隣から伸びてきたイリーナの腕がユウリを抱き寄せた。無言の抱擁にユウリは身じろぎ、すぐに瞼を伏せた。
 抱かれているうちに、不思議な感覚がユウリに到来する。それはまるで柔らかいベッドの上で夢の世界を泳いでいるような、ふわふわと温かい感触だった。

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