PIETA 第一章

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 初夏の太陽の空への愛着は強く、夕暮れがあたりを支配するまでにはまだいくらかの時間がかかりそうだ。
逃亡先に選んだ森の木々は思ったほどに多くはなく、地の利のない逃亡の危険性を女騎士は身をもって確認するはめになった。こちらから見る限り、追っ手はふたりしかいないようだが、他の者に先回りされてはいないと断言することなどできるはずもない。逃げながら、女騎士は己の四方すべてに注意を払わねばならなかった。
自身が敵と味方を判別する術を持たないと知りながら、ふたりの男女を傷つけたと思われる凶器を持ってきてしまったのは早計だったか。捕らわれてしまえば最後、己のしわざではないと主張することさえできないのに、と女騎士は歯噛みした。何しろ、己の名さえ分からぬのだ。とっさに逃げたこと自体が間違いだったと考えられなくもない。
 間違いの修正は、どうやら容易ではないようだった。追っ手は執拗だ。彼らの視界から姿を隠す方法を探す一方で、女騎士はこの間違いを生んだそもそもの原因について思考を巡らせていた。
 ――国王陛下。
 女騎士が背の高い石の壁に身を隠して間もなく、門をくぐって姿を現した騎士のひとりは確かにそう言った。そのことばは、石壁のこちらの女騎士を動揺させるには十分すぎる力を持っていた。石壁から背を浮かし、手にした短剣を見下ろした時、脳裏を誰かの微笑がよぎった気がする。女騎士には、それが己の中から抜け落ちた記憶の断片なのか、ただの幻影なのかを判断することさえできなかった。せめて正体を突き止める方法と時間があったなら、と思わずにはいられない。
 土を蹴ったのは、直感に従ったまでのことだった。誰にも気づかれぬよう、音はできるだけ殺したつもりだ。だが現実には、追っ手のひとりは倒れた青年を国王と呼んだ騎士で、他方は先頭に立って門をくぐった騎士だった。恨むものなど、己の運の悪さと相手の勘のよさの他に何があろう。
 辺りを見回しても、追っ手の目と勘をごまかすほど木々が密集している場所はないようだった。方角も己の立つ場所の名も分からぬこの状態で、彼らをやりすごせる場所に心当たりがあろうはずもない。
 そう思いながら、上半身を屈めたままの状態で手近な茂みに身を滑り込ませようとした時だった。大地に乗せた軸足を湿った土にとられ、落下を強く意識する。
息を呑み、とっさに右手を伸ばしたものの、固く握っていた短剣が邪魔をして辺りの木をつかむことはかなわず、木の折れる威勢のいい音の中を女騎士は滑り落ちた。鎧に守られた部分はともかくとして、むき出しの肌に無数の短い痛みが走る。声を立てぬよう必死に努め、無意識に顔を歪めて土の上を滑った時間は、それほど長くはないはずだった。
 ――何だおい、気をつけろよ。痛ェじゃねェか。
 耳の側を若い青年の声が滑っていった。いつしか落下が終わったことに気づき、恐る恐る薄目を開ける。視界はひどく暗く、肌に触れる枝や葉の感触で茂みの中にいるのが分かった。
 ――前にも、これと似た出来事があっただろうか?
女騎士は自問した。耳の側を通り過ぎた声に、聞き覚えがあるような気がする。声の主を思い出そうとしたが、記憶の糸をたぐることは光のない闇の中で灯すべき蝋燭を探すに似て、どの方向にどう手を伸ばしていいのか見当もつかなかった。情けない。眉間に皺が寄る。
茂みの中で女騎士は声もなく自嘲の笑みを浮かべ、軽く首を振って目前の茂みをかき分けることにした。この落下に追っ手のふたりが気づいたかどうかはともかく、追いつかれていないことだけは確かだ。
 視界が開けると同時に、剣の鋭い切っ先が目に入った。

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