PIETA 第一章
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五十年戦争と名づけられた隣国オルダリーアとの戦乱のおり、血税を得てより堅固な城郭へと進化を遂げたゼルテニア城は、今や新王朝による遷都を受けて空前の繁栄を我がものとしている。イヴァリースの覇権を争った内戦を治めた平民出身の英雄王は質実剛健をよしとし華美を嫌ったが、祝いごとが経済に与える刺激を知らぬわけではなかった。
聞けば、英雄王ディリータ・ハイラルは天騎士バルバネス・ベオルブの口利きによって王立ガリランド士官アカデミーに通い、兵法を学んだ身であるという。恩人の庶子であるラムザ・ベオルブと志を同じくした同期生であったそうだが、彼は教会による異端宣告を受けた後死亡、生家ベオルブ家もまた、戦乱の最中にその血筋を絶やしてしまった。英雄王ディリータ・ハイラルについて、そして異端者ラムザ・ベオルブについての多くの事実を民衆は知りもしないし、大多数は公にされない事実の存在にさえ気づいていないに違いない。
だがだからと言って、それを非難する理由も権利もおれにはない。
新王直属の近衛騎士団に所属する魔道士オーラン・デュライは口の中でつぶやいた。
おれは歴史の闇に葬られようとしているいくつかの事実についての生き証人だ、という思いがオーランの内部にはある。だからこそオーランは、戦乱が集結した今も机上にイヴァリース全土の地図を広げ黙々と考えこんでいる。頭の中では、かの北天騎士団を翻弄したという義賊、骸旅団の壊滅を最後に、あるはずのなかった英雄王と異端者の接点を探していた。
「考えごとをするのはいいけれど、独り言は自粛してちょうだい。はたから見て気味が悪いわ」
露台側から女の声に揶揄された時、オーランはベスラ要塞から義父が逃亡した時のことを考えていて、思わず肩を跳ねさせてしまった。確かめるまでもなく、声で相手が誰であるかは分かっていたが、オーランは意識的にゆっくりと顔を上げて首を振る。
驚きの動作を目にしても表情を変えもせずオーランに近づいてきた女は、名をバルマウフラ・ラナンドゥといった。優秀な魔道士で、かつてはかの英雄王の腹心の部下として知られていた女だ。実際には、バウマウフラはイヴァリースの覇権を狙うグレバドス教会の尖兵であり、教会の監視の目を逃れるという目的で直属の上官により制裁された身の上であった。もっともそれは教会に対するディリータの裏切りを知らせるための演出に過ぎず、バルマウフラはその後、一時的に身をひそめたものの、今ではかつての上官に近い場所にいる。
「何か言っていたかな? そんなつもりはなかったんだが」
「そのつもりで言っていたんだとしたらなおさら気味が悪いわよ」
動揺をごまかすようにオーランは平静な声を発したつもりだったが、返答は思わぬ切り口を縫って飛んできた。こういう時、バルマウフラのことばには遠慮というものがない。
苦い笑いを浮かべて、オーランは返答を避けた。
「それで、さっきから何をお悩み?」
オーランの反応などお構いなしに尋ねて、バルマウフラは机の角に腰をかける。そのついでに、バルマウフラは机の上に広げられた地図の真上にさり気なく左手を置いた。オーランの表情がぴくりと動いたことを、バルマウフラは見逃さない。
「何でもないよ。君に聞いて納得できることじゃない」
言った後、あからさまにむっとした顔で、オーランはそっぽを向いてしまった。
眉を軽く上げ、次いで少しだけ瞼を下ろして、バルマウフラは口を開く。
「あら、そう。どんな些細なことでもいいから教えてほしい、疑ったりなんてしないから――なんて言ったのはどなたでしたっけ。どのみち嘘をついたってしかたがないもの、ちゃんと協力してあげてるのに、何、その態度」
ずいぶんと、棘のある言いようだった。オーランは渋い顔を作って、がりがりと頭をかく。対するバルマウフラはと言うと、涼しい顔で明後日の方向を向いていた。
長い沈黙に耐える気はなかったらしく、すぐに手を止めると、オーランは上目遣いにバルマウフラを見やる。いささか感情的な己のせりふを弁解するような視線だった。
「ラムザ・ベオルフとディリータの接触なら、わたしの知る限りでは三回よ。何度も言うけど」
視線に気づいたのだろう、正面に向き直ると、バルマウフラは棘の先を丁寧に折り曲げて無言の問いに応じる。わたしは沈黙が長引いても耐えられるけれど、この人ときたらこういうところが分かりやすいのよね、と胸の中ではつぶやいていた。そう――一度決めたことは何があっても覆そうとはしないくせに、それ以外のことについてはこの男は腹が立つほど柔軟だ。これまでにバルマウフラが見てきた男たちの強情さとオーランの強情さには、そういう意味で明らかな隔たりがある。
「いいこと、わたしの知る限りは、よ。あの人がわたしの目の届かないところで何をしていようと、それはわたしの知ったことじゃないわ」
せりふの途中で目を細めて、バルマウフラはふいっと顔を背けた。開放された露台を見やり、そのまま何度か瞬く。吹き込む風は、憎たらしいほど爽やかだ。
オーランの視線を避けて露台に向いた表情を見る限り、バルマウフラは会話への興味をすっかり手放してしまったようだった。
「……分かってる。君の能力を疑ってるわけじゃない」
静かな声を返すかたわらで、オーランは打ち寄せる苦い後悔に瞼を伏せる。威勢のいい厭味が途切れ、声が力をなくした時、彼女が言外に主張していることはただひとつだ。
バルマウフラは返事をしなかった。
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