骸の行く先
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いくらかの時間が経つと、動揺から立ち直った分を意地が埋めたのか、少女はギュスタヴから離れて土の上に転がり、ギュスタヴに背中を向けた。
まばらに生えた草は表情を隠すにはちょうどよかった。気まずいというわけではないが、だんだんと照れがこみ上げてきて、少女は土に顔を近づける。
乱闘に出くわし、その縁に少女を見つけたのは偶然だとギュスタヴは言ったが、別れてからいくらも経たないうちの出来事だもの、それが嘘であることなど分かりきっていた。そんな本分を果たせない嘘をギュスタヴが口にしたことが、なお腹立たしい。過ぎ去った恐怖と助けてもらえた安堵に苛立ちと照れが加わって、口にすることばが何も浮かばなかった。
そうと察しているのかどうか、ギュスタヴは無言だった。その視線がこちらを向いているのかどうかさえ、少女には定かではない。ふてくされてそっぽを向いてはいるものの、今日のところは素直に礼を言って連れていってほしいという気持ちが、少しずつ胸の中で膨れ上がる。自分のようなこどもを側に従えていては、仕事を探す邪魔になるということは分かりきっている。だが……。
どんなに探してもことばを見つけられず、相手を呼ぶこともできない少女の上に、ゆっくりと影が落ちた。少女はぱちりと瞬き、最初に視線を、次に顔を影の主へと向けた。
「おい、行くぞ。あまりのんびりしている暇はないんだ」
ギュスタヴはすっかり平常の顔に戻って、いささか乱暴に少女の腕をつかんだ。
わけも分からず、少女はギュスタヴを見上げ、上半身を起こす。膝をたたんで体重を両膝に移動させると、少女は疑問を口にしかけたが、それよりも早くギュスタヴが口を開いた。
「仕事が見つかったんだ。おまえみたいなガキひとり、どうせ毒にも薬にもなりゃしない。暇ならついてこい」
憮然と言い捨て、ギュスタヴは少女から視線をそらして立ち上がる。
「仕事……って」
ようやく喉を通ったかすれた声で少女は問うたが、ギュスタヴは無言だった。少女はきゅっと唇を結び、立ち上がると、弾むように土を蹴る。
無警戒なギュスタヴの腕に両腕を巻きつけると、ギュスタヴはその腕を払って少女の肩を抱き、すぐに解いて後は少女のするがままに任せた。行き先はすぐに、この少女にも知れるだろう。
貿易都市ドーターの外れの枯れ井戸は、すでに役割を放棄して何年も経つためか、戦の終盤も戦後も変わらず人影は見当たらなかった。だがギュスタヴの嗅覚はそこに、捨てたはずの剣を新たな目的のために握る者たちの匂いを嗅ぎ取っていた。
普段を思えば信じられないほど口数が減った少女は、喉を鳴らしてギュスタヴの腕に巻く腕に力をこめた。終戦前、より安全に食糧を確保できる場所として日参したこの場所を再び訪れることになった理由は考えるまでもなかった。
ほどなくして、配給された食糧やその他の物資の山の代わりにできた廃材置き場の向こうから、ふたりの人影が現れた。先に立つ女剣士は唇にはっきりと笑みを浮かべ、後ろに続く剣士は気難しい顔をしていた。
「あなたで最後だわ、ギュスタヴ・マリゲルフ。他の皆はもう、先にアジトへと向かってる。それから……」
ミルウーダは己の推測と望みが現実のものとなった喜びを抑えていたが、声は嬉々として、ギュスタヴは苦笑せざるを得なかった。純粋に己の力を必要とされ、助力を請われるなどここ最近では記憶になかったことで、素直に照れることもできずギュスタヴは女剣士から視線をそらした。
ミルウーダの視線はギュスタヴの腕をしっかとつかんだ少女に向いている。少女はギュスタヴを見上げ、目を合わせると、気圧されまいとするかのように大きな声で名乗った。
「おれ、あんたたちにとっちゃ、毒にも……ええと薬にもなりゃしないけど、安心しろよ。食い物が余ったらおれが全部片付けてやるからさ」
ミルウーダが吹き出し、ギュスタヴは肩を震わせて笑った。ミルウーダの向こうで不機嫌な顔をした剣士が頬を笑みに歪めたのを見て、少女の顔が輝いた。
「分かったわ、その時には頼りにしてる、マチルダ。でもそれまでは――しばらくの間は、あなたのパパを借りるわよ」
知ったばかりの少女の名を気安く呼び、冗談の続きのようにミルウーダは言った。途端にギュスタヴの顔が渋くなる。
「げっ、冗談やめろよ。こんなのが親父じゃ、おれ、死んでも浮かばれねェ」
ミルウーダに反論を唱えるのは、少女の方が早かった。
「このクソガキめ」
悪態をついて殴ってやろうかと思ったが、それではミルウーダのせりふを肯定するも同じだと気づいて、口を開く直前でギュスタヴは動きを止めた。笑いの収まらないミルウーダとその後ろを見やると、剣士は唇の端で笑んだ表情のままきびすを返し、その場を立ち去ろうとしている。
ギュスタヴの視線の向きに気づいたミルウーダはものも言わない兄の後ろ姿に肩をすくめた。国に貴族に反旗をひるがえす準備は最終段階に入っていて、迎えたい仲間はギュスタヴを残すのみとなった時、最後のひとりが誰であるのか気づかないふりをしてウィーグラフはミルウーダとともに待った。そういう兄の不器用さはすなわち、実直であることの裏返しだ。器用な人間は剣を握って間もなく、掌を返す方法を得る。
それができない者ばかりが兄の周りには集まった。ひとりひとりの力は無力でも、重ねた力は砂山の一角を崩す程度の力にはなろう。ミルウーダは足早に兄の後を追った。
「おい。おまえたちはどこまで本気なんだ」
隣に並んだギュスタヴがぼそりと言った。質問の対象の特定を請う必要はなかった。
「すべてよ。一から十まで、本気だわ」
はっきりとミルウーダは言い切った。ギュスタヴは何も応えず、返事の代わりのように隣を歩く少女の頭をぐしゃりとなでつけた。
高く昇った太陽は歩むひとりひとりの真下に影を作り、土を温める。だが人を温めるのに太陽ほどの力などいらない。
時にミルウーダとの順番を入れ替わりながら、ギュスタヴは男の後を追った。行く先をギュスタヴは知らされてはいなかったが、声に出して尋ねる理由などひとつもなく、知りたいとも思わなかった。
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