悪運勝負

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 月並みな罵声と怒鳴り声が、背後から聞こえてくる。
 何らかの計画を立案するにあたって、あらゆる方面からあらゆる予想をし、対応策を講じておけば声を荒げる必要などないだろうに、あれでは自分たちの計画性のなさを通行人にまで吐露するようなものだ。
 戦術の立案においては彼らは典型的な悪い見本だな、と胸の内につぶやいて苦く笑ってから、オーランはひょいと路地に顔をのぞかせた。もうそろそろ、追っ手はこの路地のあたりにまで到達しているはずだ。
 いた。騎士崩れの男が三人。
 相手が自分を発見できるよう、わざと路地に向かって一歩を踏み出してから、オーランは三人のうちのひとりと目を合わせることに成功した。すかさず身をひるがえし、ひそんでいた建物と建物の合間を駆け出す。ゼルテニア城からやや南下したこの集落は、城下町としての発展からは取り残されたものの、土地に愛着を持って住み着いている者の多い地区だった。従って路地は複雑に入り組み、住民たちは迷路のようなこの地理を楽しんでさえいる。
「奥へ逃げたぞ!」
 男が叫ぶ姿恰好を、オーランには想像する余裕さえあった。後から来るふたりを見やり、たった今オーランの姿が隠れたあたりを指差して叫んでいるに違いない。
 規模を問わず、戦闘においては、地の利のある場所へ相手を誘い込むのが定石だ。三人いるにもかかわらず、二手に別れたようすがないということは、相手に地の利がない証拠のようなものだった。こういう追いかけごっこにおいて主導権を握るための条件は――いや、そんなことはもういい。目的の場所はもう近い。
 路地と路地のつなぎ目では必ず追っ手の存在を確認し、まごついているように見せかけながらオーランは男たちを誘導した。今までのところ、男たちはオーランの思うとおりに動いてくれている。彼らだけを相手にする分には、まず間違いなく計画は達成できるだろう。
 問題は、目的の場所でオーランを待っているはずの女の行動だ。

 鍋の中で、香草はいい具合に煮えていた。
 もうしばらく煮込んだら鍋から取り出して、煮汁を絞って暗所に干す。煮汁はさらに煮詰め、灰汁をすくって冷ます。香草も煮汁も灰汁さえも、余すところなく活用する術を知っているがために、魔女などというありがたくもない呼び名を頂戴した。そのことに今さら文句をつけようとは思わないが、だからと言って呼び名を素直に受け入れる気があるわけでもない。
 鍋から少し離れたところで大きく息を吸って、それからバルマウフラは香草を取り出す準備にかかった。埃っぽい棚の一角から容器を取り出し、鍋をのぞき込もうとする。
 だが視線は、鍋の中に落ちる直前にふっとその方向を変えた。何かをつぶやくほんの一時前のように薄く唇を開き、鍋の上の湯気を越えて、じっと扉を見つめている。
 ややあって、バルマウフラは長いため息をついた。湯気が揺れる。
 バルマウフラの視界のその湯気の向こうに、見えるはずのない扉の外の風景が浮かび上がった。狭い路地と路地の間をすり抜け、この廃れた家屋を目指して駆けてくる男の姿――どうやら、何者かに追われているようだ。だがその表情には笑みさえ浮かび、余裕たっぷりといった体裁である。
「まったく、おせっかいだこと……!」
 荒々しく前髪をかきあげると、バルマウフラは針金を編んだ網で手早く香草をすくい上げ、くるりと鍋に背を向ける。湯気の中の風景が揺れて、消えた。消える直前の映像の端には、バルマウフラにとっては馴染みの深い紋章が揺れていて、それをバルマウフラは見逃さなかった――なるほど、否、やはり。
 計算ずくの策士の笑みにどんな厭味を言ってやろうかと考えながら、バルマウフラは棚に保管されている別の香草に手を伸ばしかけた。だが実物を手にする直前に、金網に乗せたまだ熱い香草に視線を落とす。
 すっかり柔らかくなったこの香草は、俗称を双眼草と言った。魔力や呪との相性がよく、また、慣れぬ者はこの匂いを嗅いだだけでも酔うことがある。
 熱を含んだままの香草をひとつかみを、バルマウフラは鍋の中に戻した。ふわりと湯気が揺れて、先ほどとは別の映像がその中に浮かび上がる。
ハ、とも、フン、とも聞こえる短い息を吐いて、瞼を下ろすとバルマウフラは印を結んだ。

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